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第1―10話
初めていわゆるラブホテルに入った芹沢は落ち着かなかった。
鈴森は慣れた様子で、無人の受付から部屋を選び、鍵を受け取っている。
二人でエレベーターに乗り、鈴森が選んだ部屋に入る。
部屋の中はシンプルで上品な作りで、巨大なダブルベッドの他にはシティホテルとそんなに変わらず芹沢はホッと息を吐いた。
鈴森はさっさと部屋に上がると、ベッドにちょこんと座っている。
芹沢も部屋に上がると、壁に凭れて立っていた。
鈴森がクスクス笑い出す。
「何だよ?」
芹沢が憮然として訊く。
鈴森は笑いながら言う。
「だって景くん緊張し過ぎ!
このラブホはゲイ専門で有名なんだ。
俺も高校の頃、よく利用してた。
彼氏も自宅だったし、まさか俺の自宅には呼べないし。
安全、安心なホテルだよ?」
「…そういう事じゃねえよ」
「じゃあ何?
あ、何か飲む?」
立ち上がろうとする鈴森の両肩を芹沢が押さえる。
「飲み物なんかいらない。
話を聞いてくれ。
葵、俺達もうセフレなんてやめよう」
鈴森はじっと芹沢を見上げて言った。
「どうして?
景くん、好きな人が出来た?」
「そうじゃなくて…」
「じゃあ俺に飽きた?」
「違う…」
「じゃあ俺が嫌いになったんだ?」
「そんなこと無い…」
鈴森はふうっと息を吐いた。
「意味分かんないよ。
じゃあ何でセフレをやめるの?
お互い気持ち良いことをしてるだけ。
それに満足してる。
問題無いでしょ?」
「葵…葵が俺のセフレになんてなること無いんだ。
もっと自分を大切にしろよ」
鈴森は自分の肩に置かれた芹沢の手に手を重ねた。
「俺は景くんのセフレでいたい。
景くんは俺を大切にしてくれてる。
それでも駄目…?」
鈴森が涙の浮かんだ瞳で芹沢を見つめる。
「葵…」
「景くんに好きな人が出来るまで…。
俺に好きな人が出来るまで…。
それでも駄目…?」
鈴森の瞳から涙が一粒零れて落ちる。
静かに涙を零しながら、鈴森は寂しそうに笑った。
「葵…!」
芹沢が思わず鈴森を抱きしめる。
「泣くなよ。
葵は幸せになるんだ。
俺とセックスだけの関係なんて続けてたら、葵は幸せになれない」
「…幸せだよ…」
「葵?」
「今こうやって景くんに抱きしめられて、景くんに俺の幸せまで考えてもらえて…」
「葵…それだけじゃないんだ。
俺達の関係を知ったら傷つく人間だっているんだ」
「そんなヤツ…」
鈴森が芹沢の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きつく。
「傷つくなら傷つけばいい」
キッパリと言い切った鈴森に芹沢は驚いて、身体をずらし鈴森の顔を見た。
鈴森は涙に濡れた顔をしていたが、瞳には強固な意志が輝いていた。
「葵にとって大切な人でも…?」
「俺は好きな人はいない。
大切な人って言うなら、今は景くんが一番大切。
景くんと俺の関係を知って傷つくヤツなんて、そんなの勝手に傷ついてればいい」
「葵!」
芹沢は喉元まで羽多野の名前が出かかった。
それでも何とか堪らえた。
それは『でも葵には俺から告白するまで秘密ね!!』と言った羽多野の笑顔が脳裏に蘇ったからだ。
「それが…葵の友達でも…?」
「友達だったら尚更。
なんで理解してくれないのって思う。
俺と景くんの関係で傷つくなら、俺の友達なんてやめればいいんだ」
葵…瑛汰なんだよ…
瑛汰が葵を好きなんだ…
瑛汰に同じ事を言えるか?
芹沢はボスンと音を立てて鈴森の隣りに座った。
鈴森が芹沢の肩に頭を乗せる。
「景くん…」
「…なに?」
「誰かに何か言われたの?」
「…別に」
「そうかなあ…。
景くん、昼休み元気無かったし」
「……」
「景くん、心配いらないよ」
「心配?」
「そう!」
鈴森が芹沢の顔を覗き込んでにっこり笑う。
「景くんならセフレが何人いようが、何股かけてようが、流石ミケランジェロのダビデだね~の一言で終わっちゃうから!」
「俺、そんなヤツかよ…」
芹沢は苦笑した。
「本物の景くんを知らないヤツらがそう言うってこと!」
「本物の…俺…?」
鈴森は芹沢の両頬を掌で包んで自分に向けさせた。
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