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第1―9話
羽多野は照れ臭そうに横を向いた。
「葵さあ、高1から卒業までの3年間、30代前半のサラリーマンと付き合ってたの知ってるだろ?」
「ああ」
芹沢も世間話の流れで鈴森から聞いたことがあった。
「だけど大学に入学して一ヶ月も経たないうちに別れて…。
それで俺、チャンスかなって」
「チャンス?」
怪訝な顔をする芹沢を、羽多野は横目で見るとため息をついた。
「景の鈍感!!
俺は大学で葵に出会ってから、葵がずっと好きなの!
でも葵には3年も付き合ってた彼氏がいたし、彼氏社会人でそういう大人が葵の好みのタイプなんだと思ったら、勝ち目無さそうで半分諦めてたし。
でも別れたっていうなら…チャンスだろ?」
芹沢は言葉が出なかった。
ただ羽多野の横顔を見つめていた。
羽多野はそんな芹沢の様子を気にすること無く続ける。
「でもさあ…どんなにアプローチしても駄目なんだ。
葵は俺を親友以上に見てくれない。
もちろん何度も告ろうとしたよ?
だけど振られるだけならまだマシだけど、友達の関係まで壊れたらと思うと怖くて…告白も出来なくて。
そしたらなんだかんだで1年も片想いしてて…俺どうしたらいいか分かんなくなっちゃって…」
「……」
羽多野が真正面から芹沢を見る。
「それで…景に協力してもらえないかと思って!
葵は誰に対してもフランクだけど、やっぱ俺達には特別じゃん?!」
芹沢は羽多野に気付かれないように、ぐっと拳を握った。
黙ったままの芹沢の態度を羽多野は勘違いしたようで、慌てて言った。
「自分でも分かってる!
俺、中坊みたいなこと言ってるよな!
1年も片想いした挙句、友達に協力して欲しいなんて…情けないよな!」
「…そんなこと…無いだろ…」
芹沢は絞り出すように何とか言った。
羽多野の顔がパッと明るくなる。
新緑の中、木立から零れる木漏れ日に照らされた羽多野が、芹沢には眩しかった。
いや、ここがキャンパスの片隅の古びたベンチでも、羽多野は眩しく見えただろう。
羽多野が嬉しそうに芹沢の肩を両手で掴む。
「ありがとう!
景なら分かってくれると思ってたんだ!
景と俺も親友だし!
じゃあこれからよろしく!」
芹沢が小さく頷くと、羽多野はニカッと笑って
「でも葵には俺から告白するまで秘密ね!!」
と付け加えた。
無事に下山したその日の夜、芹沢は鈴森に話したいことがあるので二人きりでなるべく早く会えないかとLINEした。
鈴森からは直ぐにトークが来た。
『明日うちに来る?』
芹沢は外で会いたいと返事をした。
すると鈴森から明日の夕方5時に渋谷のハチ公前でとトークが来た。
自分達の大学は上野にある。
学生の予算で食事をして話しをする店なら数え切れない程あるのに、なぜ渋谷?と芹沢は思ったが、明日は西園寺の事務所のバイトも無いし、羽多野は西園寺に勧められて入った写真のサークルの集まりもあって芹沢と鈴森が二人きりで会うには都合が良いし、芹沢は1日でも早く鈴森と話しがしたかったのでOKした。
翌日、大学で昼休みに会った羽多野は上機嫌でタブレットで昨日山で撮った写真を芹沢に見せていた。
鈴森は事前に見ていたのか、時々
「俺はこの次の写真が好き!」
と言って画面をフリックしてしまうので、羽多野に「葵、飛ばすなよ~!」と頭をポンポン叩かれていた。
今まで芹沢は、そんな二人を見ていても、羽多野と鈴森らしいな、くらいにしか思ったことが無かったが、昨日羽多野が鈴森を好きだと聞いたせいか、そんなやり取りひとつ取っても、羽多野の鈴森に対する『好き』の気持ちが溢れて見えた。
芹沢はそんな羽多野の邪魔をしないように、黙ってタブレットを見ることに集中した。
芹沢は講義が全て終わっても鈴森との約束の時間までまだ時間があったので、大学の図書館でレポートの下調べをしてから渋谷に向かった。
ハチ公前にはまだ鈴森は来ていなかった。
待ち合わせをする人々でごった返すハチ公前では、チラチラと芹沢を見る人も男女問わず多勢いる。
芹沢は面倒くさいなと思いながら、スマホで今日羽多野に転送してもらった山の写真を見ていた。
すると「景くん」と鈴森の声がして顔を上げた。
鈴森は大学で会った時とは違う服装をしていた。
服だけでは無く全体的に小ざっぱりしている。
じっと鈴森を見つめる芹沢に鈴森が頬を赤くして言った。
「何か変?」
「そうじゃないけど…葵、大学で会った時と違うから」
「うちの科、建築科より早く講義が終わったから一度家に帰ってシャワー浴びてきた。
今日暑かったし」
「そっか…だから何か綺麗なんだ」
芹沢が納得して頷くと、鈴森は真っ赤になって
「景くんは…全くもう!!」
と言うと芹沢の手を握った。
「葵?」
その時、スクランブル交差点の信号が青に変わった。
鈴森が芹沢と手を繋いだまま「景くん、早く!」と笑って走り出す。
芹沢も鈴森につられて人波を突っ切った。
鈴森に連れて来られたのはラーメン屋だった。
「ここ前に景くんが来たいって言ってたでしょ?」
鈴森はニコニコ笑って言う。
芹沢は内心複雑だった。
ラーメン屋だと、食べたら直ぐに店を出なければならない。
話しをする時間は無い。
それでも自分が来たいと言った店を覚えていてくれて、わざわざ選んでくれた鈴森に、断わってガッカリさせることも無いかと思い直した。
話しをするならラーメンを食べた後、カフェにでも入ればいい。
ラーメン屋はまだ17時を過ぎたばかりだったので激混みという訳でも無く、ラーメンも評判通り美味しかった。
二人で楽しく食べて店を出る。
「葵、話しがしたいんだ。
カフェにでも入らない?」
芹沢がさり気なく切り出すと、鈴森がにっこり笑って「こっち」と言って歩き出した。
どうやら道玄坂方面に進んでいる。
葵のオススメのカフェなのかな?
芹沢は深く考えず鈴森に並んで歩いていた。
するとホテル街に入ってしまったらしく芹沢は慌てた。
芹沢が鈴森を呼び止めようとした時、鈴森がピタッと立ち止まった。
「葵…?あのさ…」
鈴森はさっと芹沢の背後に回ると、芹沢の背中をぐいぐい押し出した。
「何してんだよ?」
芹沢が意味が分からず鈴森に振り返る。
「話しするんでしょ?」
鈴森は上目遣いで芹沢を見る。
「そうだけど…」
「じゃあ、入ろう?」
「入るって…」
芹沢はそこまで言われて、自分達がホテルの入口付近にいることに気が付いた。
「葵、待てよ!
俺は話しがしたいだけで…!」
「俺は分かってるから」
「分かってるって…一体何を…」
芹沢がそこまで言った時
「アンタらさ~入るの?入んないの?
後ろつかえてんだけど」
と若い男の声がした。
芹沢がハッとしてそちらを見ると、自分達と同世代らしい学生風の男同士のカップルがいた。
「入りま~す」
鈴森はカップルに向かってニコッと笑って答えると、芹沢の手を握りホテルに向かって引っ張る。
「おい…葵!」
「景くん、入ってからゆっくり話そう?
それに外で出来る話しなの?
この人達にも迷惑だし」
「そうそう!
超イケメンのお兄さん、照れないで~!」
「かわいい恋人に恥かかすなよー」
後ろのカップルにまで囃し立てられて、芹沢の顔が赤くなる。
そうだ…外で簡単に話せる話しじゃない…
何もしなければ、どこで話そうと一緒だ…
芹沢は鈴森に手を引かれたまま歩き出した。
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