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第1―8話

大会が終わってみれば、芹沢は7位までの入賞も出来ず、10位に終わった。 それでも芹沢の所属する道場の館長を始め先輩や同期や後輩も、芹沢の上9位までは皆社会人で、10位とはいえ芹沢は学生トップで、しかも事前の選抜試合で100人近くに絞られた中出場した大会のトップ10に入ったということで、お祝いムード一色だった。 だが芹沢は表情や態度にこそ出さなかったが、ショックに打ちひしがれていた。 この大会に向けて全てを調整してきた。 自分でも最高のコンディションだと確信していた。 それが入賞すら果たせないなんて…。 自分の実力なんて所詮こんなものなんだ…チヤホヤされて勘違いしてたんだ…。 芹沢の初めての挫折だった。 大会と表彰式が終わったのが遅い時間だったので、道場の打ち上げは後日に決まっていた。 芹沢はそれだけでも良かったと思った。 今夜は褒められることすら辛い。 道場の仲間に囲まれて都の運動センターを出ようとした時、 「景くん」 と聞き慣れた声がして、驚いて声がした方を見た。 開かれた門の側に鈴森が立っていた。 芹沢は仲間達に 「悪い。先に行ってて」 と言うと鈴森に駆け寄った。 鈴森はニコニコ笑って「お疲れ様」と一言言った。 「葵…どうして…。 試合観たのか? チケットは?」 「チケットは自分で買ったよ」 「…瑛汰は?」 「チケット、1枚しか取れなかったから瑛汰には内緒。 ひとりで来た」 「そっか…」 鈴森は芹沢の頬に指先で触れた。 「葵…?」 「ねえ、景くん」 鈴森がやさしく微笑む。 「強い景くんも恰好いいけど、悔しい時は悔しいって顔しなよ」 「葵…」 「泣きたかったら泣けばいい。 どんな景くんも景くんに変わりはないんだよ」 「葵…俺は…」 芹沢の顔が歪む。 鈴森は芹沢の頬から手を離すと、芹沢の手を握った。 「行こう」 「…何処へ?」 「俺んち。 今日のこと、少しは忘れさせてあげるから」 その夜、芹沢は鈴森を抱いた。 鈴森は一人暮らしで、鈴森の住むコーポに着くと、二人は言葉少なに交代でシャワーを浴びた。 芹沢が浴室から出るとバスタオルと一緒に新品のTシャツと下着が置いてあった。 芹沢がTシャツとボクサーパンツ姿でリビングに入ると鈴森がミネラルウォーターのペットボトルを手渡してくれた。 芹沢はミネラルウォーターを一気に飲んで一息つくと 「これ葵のサイズじゃないよな? なんで?」 とTシャツを摘んで訊いた。 鈴森が俯いて答える。 「撮影の時、景くんに着てもらいたいなあって思って…買っといた」 芹沢は笑って言った。 「パンツも?」 「…景くんの意地悪!」 鈴森が顔を赤くして芹沢に抱きつく。 芹沢は片手で鈴森を抱き返しながら、ペットボトルをベッドのサイドボードに置いた。 鈴森が潤む瞳で芹沢を見上げる。 その瞳は熱を孕んでいるのに、捨てられた子犬のように寂しげな表情をしている。 「景くん…しよ」 芹沢は黙って鈴森を抱き上げるとベッドに横たえた。 芹沢は高校1年の時に、年上の女の子に誘われて初体験を済ませていた。 だが芹沢にとって初体験の感想は『こんなものか』だった。 確かに自慰をするより気持ちは良い。 けれど格闘技や山登りやピアノなどの趣味の時間を割いてまで、相手を口説き落としセックスまで持ち込む程興味が無い。 それに大学に現役合格する目標があったので尚更だ。 ただ芹沢自身は意識したことは無かったが、芹沢クラスのルックスを持つ男を周りが放っておかないのも事実だ。 芹沢も初体験の時のように誘われるがままに、男女5人とセックスだけの関係を持ったこともある。 だがやはり『こんなものか』と思っただけだった。 溜まれば自分で抜けば満足だった。 別に寂しくも惨めでもない。 芹沢は自分は他の同年代の男子より淡白なんだろうな、と結論づけた。 しかしそんな芹沢も鈴森とセックスをして、初めてセックスに夢中になることを知った。 鈴森はセックスに不慣れな芹沢を自然とリードして絶頂に導く。 芹沢は何が何だか分からぬうちに、鈴森を求めて達している。 大会の夜、芹沢は鈴森が気を失うまで鈴森を離さなかった。 そうして芹沢と鈴森はセフレになった。 鈴森はどんな時も芹沢の都合を優先してくれた。 芹沢の予定によって、1週間に2、3度セックスすることもあれば、10日以上もしないこともある。 それでも鈴森は愚痴めいたことも一切言わないし、芹沢が謝っても 「景くんが謝ることじゃないでしょ? セフレなんてこんなもんだよ」 と笑っている。 それでもセフレという関係で鈴森を縛り付けているような気がして、芹沢からセフレなんてもうやめようと言うこともあったが、その度、鈴森にあの捨てられた子犬のような寂しげな表情をして 「俺は景くんとセフレでいたい。 お互い好きな人が出来るまで、このままがいい。 それとも景くんは俺が嫌い?」 と言われてしまう。 鈴森に嫌いなところなど全く無い芹沢は 「分かった。変なこと言ってごめん」 と答えるのが常だった。 そして2年に進学した4月の下旬、芹沢はゴールデンウィークの混雑する前に登山をする計画を立てていた。 一緒に登山するのは高校時代からの気のおけない仲間達で社会人もいる。 芹沢達は日帰りでそれ程標高の高く無い山にしようと考えていた。 するとそれを聞いた羽多野が一緒に行きたいと言い出した。 もちろん羽多野の目的は写真だ。 芹沢は羽多野を連れて行っても問題無いと思った。 羽多野は見た目よりかなり体力はあるし、登る山も初心者向けだからだ。 ただ鈴森はその日はゼミの都合でどうしても大学を休めなかった。 残念がる鈴森に、芹沢と羽多野は良い写真を撮ってくるからと慰めた。 芹沢は山登りの装備一式を羽多野に貸した。 これから先登山をするかも分からないのに、装備を揃えるのは金の無駄だ。 羽多野は喜んで「絶対最高の写真を撮るから!」と意気込んだ。 登山は順調に進んだ。 羽多野は仲間達ともすぐに打ち解けて、休憩以外はカメラを構えることも無く、仲間の輪を乱すことも無かった。 無事に登頂に成功し、羽多野が記念写真を撮りまくり、下山の途中の休憩で芹沢は羽多野に呼ばれた。 「どうした?」 「せっかく山に来たんだし、景に…話しておきたいことがあって」 地上じゃ言えなくなるかもしれないし、と羽多野は続けた。 「葵のことだけど」 芹沢はギクリとして羽多野の顔を見つめた。

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