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お題/浮気疑惑
~ 壱矢 & 颯斗 ~
俺は今、激しく壱矢さんの浮気を疑ってる。
激しく疑ってる。
真面目な壱矢さんに限ってそんな心配いらないと思うけど、この世には魔が差すとかいう超いらない言葉があったりするから心配。
激しく心配。
「シュートー、聞いてくれよー、壱矢さんがな、壱矢さんがなぁ…」
「黙れ。真面目に勉強しないと、もう教えてやらないぞ。」
「だってさー、俺今勉強どこじゃないんだってばぁ…」
シュートがため息をついた。
「ったく。ほら、聞いてやるから言ってみろ。」
「壱矢さんが浮気してる!絶対浮気してる!!」
「…くだらない。」
「ひっでぇ、本気で悩んでる親友を前に "くだらない" の一蹴りとか!」
「くだらないだろ。あの折戸さんに限って浮気なんて。」
「でもさ、世の中には魔が差すという言葉があるくらいだぞ。」
「折戸さんは悪魔どころか魔王すらって感じだな。」
「うっわ、人の彼氏になんて事言うのさ!」
更に騒ぎ出す俺に、シュートはまたため息を吐いた。
「だから黙れ。」
「なにさなにさ、シュートだって八神さんが他の男と駅でイチャイチャしてただけで高熱出したくせに。」
「なっ、今八神は関係ないだろ。それにアレは風邪引いただけでだな、そういうのじゃない。」
「つか、シュートが真面目に聞いてくれないからだろ。」
八神さんとシュートの関係はぶっちゃけ謎だらけだ。
多分付き合ってるんだろうけど、直にシュートから報告されたわけじゃない。
どちらかといえば、シュートよりも八神さんの方が分かりやすい。
「…で、決定的な証拠はあるのか?」
「写真。」
「は?」
「壱矢さんったら、手帳に綺麗な女の人の写真を忍ばせてた!」
「…」
シュートが少し考え込むみたいに黙った。
「ちょ、なんなんだよ、その間!」
「…姉ちゃんとかかもしれないだろ。」
「壱矢さんはお姉ちゃんは居ないんだよ!お兄ちゃんは居るって言ってたけどさ。」
「…じょ、女装趣味の兄ちゃんかも…しれない…」
「シュート、それ無理がありすぎ!もっと真剣に考えろって!!」
「考えてる。色々気を遣ってやってるんだろうが!」
「もう!シュートのバカ!ばーかばーか!!」
「子どもか…」
「真剣に悩んでんだよ、俺…」
「分かってる。ウダウダ言ってないで聞いてみろ、折戸さんに。お前らしくもない。」
「それができないからシュートに相談してんだろ!」
「颯斗、お前そういう問題は俺に相談しても無意味だろ。」
「…確かに。」
「お前なぁ…」
「うぅ…"浮気してました"って言われたら俺、死ぬかも…」
「死ぬな死ぬな。」
「それに、誤魔化されるかも…」
「あの人、上手そうだからな。八神なんてしょっちゅう折戸さんに説教くらってタジタジになってる。言葉じゃ敵いそうにない。」
「だろ?そうなんだよ、壱矢さんは最強なんだよ。」
「ならとりあえず泣き落とせ。そうしたら折戸さんもタジタジになるかもしれない。」
「逆に"颯斗君は私を疑うんですか?"とか言って俺が泣き落とされるに決まってるじゃん!」
「最強だな…。つか、泣くのか、折戸さん。」
「泣くよ!そりゃ泣くよ!人間だもの!!人の彼氏をなんだと思ってんだよ、さっきから!」
シュートは壱矢さんをなんだと思ってるんだろう。
滅多にないけど、壱矢さんが泣いてるのは何回か見た。
泣いてても綺麗で、でもなんか可愛くて、泣くと目の下とか鼻とか赤くなって、凄く愛しくて胸がキュンキュンする。
「悪い悪い。とりあえずきちんと話し合え。」
「ん。頑張ってみる。」
シュートとはそこで別れた。
家に戻ってとりあえず晩飯の用意をした。
丁度出来上がった頃にナイスなタイミングで壱矢さんが帰ってきた。
「ただいま、颯斗君。」
「お、お帰り壱矢さん。」
「颯斗君?」
「ん?」
「どうかしましたか?わざとらしい笑みを浮かべて。」
「え?…えーと…そうかな?」
「そうですよ。…止めてくださいよ、そういうの…」
壱矢さんがコートを脱ぎながらため息をついた。
なんかこういう感じ初めてだ…
なんか嫌な感じだ…
「ごめん、壱矢さん…」
「…颯斗君。貴方の様子がおかしい理由を聞かせてもらえますか?」
「…」
「颯斗君、きちんと話してもらわなければ私はなにも分かりませんよ。」
「…わき…ッ…」
「…」
「浮気したの壱矢さんじゃんっ!!」
「浮気?…私には貴方が何を言っているのか分かりません。」
壱矢さんの声が厳しい。
初めて聞いた…
いや、この声…
一度だけ聞いた事ある…
「し、しらばっくれたってムダだからな!」
「颯斗君、いい加減にしなさい。…あと、勢いに任せて物を言うのも止めなさい。」
「お、俺は!!俺は壱矢さんみたいにいつも冷静じゃない!!」
「…ッ…貴方には…」
「ちょ…い、壱矢さん!?」
「私が…冷静に見えるのですか?…私は、…貴方を前に冷静だった事なんて…一度も…一度も…」
「ちょっと待って、壱矢さん。やだ、泣かないでくれよ、壱矢さん。」
「…今、この瞬間だって…冷静なんかじゃ…」
「壱矢さん、ごめん、ごめんってば。…ホント、泣かないでくれよ。俺、壱矢さんを泣かせたかったわけじゃなくて…」
俺との事で泣いてくれるとか、滅茶苦茶嬉しい。
泣き顔も綺麗だとか…
めっちゃ可愛いとか…
この状況でかなり不謹慎だけど…
壱矢さんが超愛しくなって…
どうしようもないくらい愛しくてたまらなくなって抱きしめた。
「…いやです。は、離してください…」
「…ごめん、壱矢さん。泣かしてごめん…いくらでも謝るから、拒否んないでくれよ。」
壱矢さんは長身で筋肉質な俺なんかと違って、丁度いい身長と体格で、出会った時はそれが凄い羨ましかった。
でも今は羨ましいとかじゃなくて、抱きしめるとそれが妙にしっくりくる。
撫でてる髪はサラサラしてて、俺と同じ香りがして、それが凄い嬉しい。
「…不安…なんです。私は貴方よりもずっと年上ですし、…」
「年齢とか関係ないじゃん!!それに、壱矢さん知ってんだろ?俺が世界一一途だって。」
「…世界一は、…言い過ぎです。」
「いいの!俺が世界一って思ったら世界一なんだ。」
「なんですか、それは…。そんな事を言ったら私だって同じですよ。」
「じゃぁいいじゃん!一途と一途で超最強一途じゃん!!」
「…最強…ですか?…」
「最強だよ!」
壱矢さんの眼鏡を外すと目の下が赤くなって、そういうとこが凄く可愛くて瞼にキスをした。
あと、薄ピンクの頬と、赤くなった鼻…
愛しい愛しい愛しい愛しい…
胸がキュンキュンする…
「体力面も貴方より早く衰えるわけですし、…回数も減っていくでしょうし…若い貴方を満足させられるか…」
「なに、そんな心配してんの?壱矢さん、俺の事ナメてる?そりゃ確かに壱矢さんに気持ちよくしてもらうの好きだけど、かなーり大好きだけど、それ目的で壱矢さんと居るわけじゃないから、俺。」
「しかし…」
「"しかし"とか"でも"とかないから!それにデキなくなったら壱矢さんの股とか口とか手とかで充分だし!!壱矢さんのフェラテクとか最強じゃん!食べられてる感じとか超気持ちいいし!!」
「それは、褒めているのですか?…」
「褒めてる!超褒めてる!!…そりゃ、セックスだって大事だよ?だけど、壱矢さんが隣に居てくれる事はもっと大事なわけ!分かる?」
「分かりますよ。…私も同じ気持ちですから。」
「なら心配する必要ないじゃん。…不安とか、俺だってあるよ。俺、こんなんだから愛想つかされるかもとか…。でもそんなの言い出したらキリないでしょ?それに、不安より好きの気持ちの方が大きいし。それが一番大事だって俺は思ってるからさ。」
「颯斗君…好き、です。貴方のそういうところも、貴方の全てが…好きです。」
「俺も。俺も好きだよ、大好き。」
壱矢さんが俺の首に腕を回した。
ずっと…
どれくらい時間が経ったか分からないくらい…
「…さて、颯斗君。私を泣かせた罰の時間です。」
しばらくして、壱矢さんがそう言った。
「え"っ…ば、罰?罰とかあんの?」
「とびきりのキスをください…」
「それ罰なの?」
「いいから、早く…」
「うぅ…俺、キス下手なのにとびきりとか無理だし~…」
「罰だと言っているでしょう?」
「く、くすぐったいとか、笑わないでよ?」
「いいから………颯斗、早く…ちょーだい…」
そう言って目を細めた壱矢さんはもうトロトロだった。
こういう雰囲気の時だけ呼び捨てとか、ズル…
「な、なんだよ~、その殺し文句的なやつは~!!」
その後のキスは激しく濃厚で、多分キスだけで5分くらい何度も何度もしたと思う。
そのキスは罰どころかご褒美に近かった。
結局最初から壱矢さんにリードされた、俺はタジタジだった。
「…30点、…といったところでしょうか。」
「うっわ、手厳しい…」
「出会った頃は5点でしたので、だいぶレベルアップしていると思いますよ。」
「ホントか?じゃぁ次は50点目指す!!」
「ふふ、それは楽しみですね。」
「待ってろ、壱矢さん!絶対キスでイかせてやるくらい上手くなるからな!!」
「とても待ち遠しいです。…颯斗君、仲直りの続きはどうしますか?」
「ベッドの上とかどう?」
「それは、大賛成です。」
俺は壱矢さんを抱き上げで寝室に向かった。
ベッドの上の壱矢さんは毎度ながら別人みたいに激しかった。
「も~、なにが衰えだ~!」
「あくまでも未来の話をしただけですよ。まだ暫くは問題ありませんから、安心してください、颯斗君。」
「あ~、しっかしヤったヤった。超腹減った。俺先シャワーいい?壱矢さんが入ってる間に晩飯温め直すから。」
「颯斗君、待ちなさい。」
「ん?」
「私はまだ貴方に聞かないとならない事があります。」
「ん?なんかあったっけか?」
「貴方の様子がおかしかった原因について、まだ解決していません。」
「あー…すっかり忘れてたわー…」
「さぁ、きちんと説明してください。」
「写真。」
「写真…ですか?」
「こないだ壱矢さんが手帳忘れてった日。」
「それと写真がなにか関係しているのですか?」
「掃除してる時に落としちゃってさ、拾おうとしたら写真が落ちてきてさ、俺はその写真にムカムカしてたってわけ。」
「写真なんか入れた覚えがないですけれど…」
「入ってた!ドレス着た綺麗な女の写真!!」
「ドレスの女性…」
「そりゃ確かに偶然落としたからって見ちゃった俺も悪いけどさ、ショックだったし…かなりヤキモチ焼いた。」
「…写真…あぁ、思い出しました。…そうですか。どうやら私はあの写真の存在を忘れる程貴方に夢中なようです。」
「誤魔化すなって。真剣なんだから。」
「あの写真の女性、総一郎なんですよ。」
「へ?」
「高校時代の文化祭の出し物でシンデレラを演じた時に隠し撮りをした物です。」
「隠し撮りって…」
「本人は相当嫌がっていましたからね。総一郎の黒歴史ですね。」
「壱矢さん、まさか王子様とかじゃないよな?」
じっとり壱矢さんを見た。
もし壱矢さんが王子様ならマジ妬ける。
「まさか。私は意地悪な継母役です。」
「あ~…安定のポジで安心しました、俺。」
「それは良かったです。写真の存在をすっかり忘れて入れっぱなしになっていたようですね。余計な心配をさせてしまってすみません…」
「いいよ。壱矢さん信じられなかった俺も悪いし。」
「写真は、煮るなり焼くなり貴方の好きなようにしてください。私にはもう、必要ありませんから。」
「持ってればいいじゃん。」
「…」
「壱矢さんが大事にしてたモノだろ?」
「しかし…」
「だから、"しかし"とか"でも"とかないから。癪だけど、八神さんを好きだった壱矢さんも壱矢さんだから。俺、壱矢さんに告った時に言ったじゃん。忘れた?」
「いえ、忘れるわけがありません。」
「だから、持ってればいいじゃん。あ、その代わり、俺の写真も持ち歩くのが条件な!」
「では、写真を撮らなくてはいけませんね。次の休みにカメラを買いにいきましょう。」
「スマホでいいじゃん。」
「駄目です。」
「なんでだよ。」
「大切な貴方の写真です。少しでも綺麗に写したい…」
「だ~か~ら~、さっきからその殺し文句的なのなんなのさ~!!」
壱矢さんの宣言通り、休日俺と壱矢さんはカメラを買いに行った。
最新の一眼。
壱矢さんが選んだのは、店内で一番高いカメラだった。
今、壱矢さんの手帳には八神デレラじゃなくて、俺の写真と試行錯誤して撮ったツーショ写真が入ってる。
- end -
壱矢さんと颯斗くんでした。
どっちがどっちだかはまだ伏せておきます。
それは、後々。
みつき。
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