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お題/バレンタイン
~ 総一郎 × 蹴人 ~
大学の講義が終わった途端に駆け込んで後ろから抱きついてきたのは颯斗だ。
「おい、重いから離れろ颯斗…なんだ、急に。お前から来るとか珍しいな。」
「んー?ひ・み・つ。」
「なんだそりゃ。」
「なぁシュート、昨日八神さんと会ったろ?」
「な、なんで分かったッ!!」
「秘密ぅ~。」
「うざ…」
「なーなーなーなー、シュート~。」
「…黙れ。甘えた声出すな。」
「あのさ、今日さ、ちょっと付き合えよ。」
今日はバイトも休みだし特に予定もない。
「何に付き合えばいいんだ?」
「壱矢さんにチョコ買いに行く。」
「は?」
「バレンタインデーだよ、バレンタインデー!」
「いや、それは知ってる。」
「壱矢さんさ、意外と甘党なんだよ。超悩むわー。つか可愛くね?甘党とか壱矢さん超可愛くね?」
「…知るか。」
颯斗に会う度に折戸さんとのクソ甘生活を聞かされる。
颯斗は最近折戸さんと同棲を始めた。
それに触発されてか八神も一緒に住もうと毎回うるさい。
余計な事をしてくれたもんだ…
「一応候補は決めてあるんだけど味見もしときたいしな。」
「お前は乙女かッ!」
「壱矢さんの為なら乙女にでもなりますよ、颯斗くんは!!」
「黙れ。こっちは色々迷惑してるんだ。」
「迷惑?」
「颯斗と折戸さんのする事全部真似したがるんだ、アイツ…」
「へー、八神さん意外と可愛いのな。」
「可愛いわけがあるか!こっちは大迷惑だ!!」
「ふふーん、そんな事言って年上の甘えた彼氏可愛いと思ってるくせに~。つかさ、シュートも八神さんにチョコあげんだろ?」
ホワイトデーすら不参加な俺がバレンタインデーに誰かにチョコを渡すなんて想像もしてなかった。
そもそもバレンタインデーは女のイベントだと思っていた。
「は?チョコなんかやるわけないだろ。」
「それこそ『は?』だろ!庶民的カップルの定番イベントに敏感な八神さんは絶対に期待してるって。」
そうだ。
八神は庶民の生活への憧れが凄い。
庶民でもしないだろうペアルックをしたがったり、家の中にもかかわらず、すぐ手を繋ぎたがったり、とにかく面倒くさい。
「どうせいっぱい貰ってくるだろ。アイツ顔だけはいいからな。」
「まさかシュートの口から惚気話を聞く日が来るとは…」
「この会話のどこに惚気があった?!」
「はいはい。ほれほれ、そうと決まれば行くぞ。」
「いつ決まったっ!?」
「いいからいいから。」
颯斗に背中を押されて大学を出た。
二人電車に乗って連れてかれた場所はデパートだ。
いわゆるデパ地下ってヤツだ。
俺には全くもって無縁な場所だ。
「…人酔いしそうだな…つか女ばっかりだ…」
「ま、時期が時期だしな。」
「…マジ酔いそう…」
「だっらしねぇな、シュート。ほら、行くぞー。」
颯斗に手を引かれて連れ回された。
進められた試食品を颯斗は片っ端から食って、俺はそれをいちいち断った。
よくもこんな甘いもんをバクバク食えるもんだと感心した。
「お前、こんな甘いもんばっか食ってると病気になるぞ。」
「別に毎日食ってるわけじゃねぇし、いいじゃん。タダだぞ、タダ。」
「なんだ、そのおばちゃん根性…」
「いーのいーの。ほら、シュートも食え食え。」
強引に口の中に放り込まれたチョコは俺には少し苦すぎた。
甘いものも得意じゃないが、苦いものも同じくらい苦手だ。
「にっが…」
「だって俺、苦いの食えないし。シュート甘いの苦手じゃん。」
「にしてもコレは苦すぎるだろ。」
…苦い…
苦いと言えば、八神はいつもバカみたいに苦いコーヒーを飲んでいる。
八神の好みの味なんて分からないし、チョコとか嫌いかもしれない。
気付けば八神の事を考えていた。
バカらしい。
俺はそれを振り払うように首を振った。
「シュート今八神さんの事考えてたろ?」
「なっ!…ば、バカかっ!!そんなわけないだろ!!」
「えー、だって超乙女な顔してたぞ。」
「どんな顔だっ!!」
「はいはーい、シュートさんお買い上げー。」
強引に綺麗に包装されたチョコを握らされて、レジに連れてかれて並ばされてしまった。
女子ばっかの列に男二人…
あまりの恥ずかしさに俯いた。
「…颯斗、お前一生恨んでやるからな…」
「まーまー、そう怖い事言うなって。たまには八神さん喜ばしてやれよ。どうせシュートは相変わらずツンツンしてんだろ?」
「俺はツンツンなんてしてない!」
颯斗の言う通り、俺は相変わらずだ。
それを八神はいつも酷いと言いながら笑って許してくれる。
たまにはいいか…と思いながら、俺は結局そのチョコを買った。
「いやー、しっかしずっげぇ人だったな。当日は混まないとかありゃー嘘だな。誰だ、そんな嘘ついたのは!
「知るか!!…つか、コレどうすんだ…」
俺は買ってしまったチョコが入った紙袋片手に盛大に溜息を吐いた。
「普通にあげたらいいんじゃね?ほれよって感じで。…まぁ俺は壱矢さんにこのチョコと一緒に食っ…」
「いいっ!いいから言うな!!」
俺はその先を聞くのが恐ろしくなって颯斗を止めた。
聞かなくてもリアルに想像出来た。
「ひっでぇー、聞いてくれよ、俺のとっておきのチョコの渡し方をさ。…」
「胃もたれしそうだから遠慮しとく。」
「そうですかそうですか。聞きたくなってももう教えてやらねぇんだからな!」
「そもそも聞きたくなんかならない。」
「もーシュートの意地悪ッ!バーカバーカ。」
「ガキ。」
颯斗とのこういうバカやってる時間は好きだ。
いつも実もない話であっという間に時間が過ぎていく。
俺は昔から颯斗が可愛くて仕方ない。
バカデカくて、素直で、明るくて、ガキ…
そんな颯斗が可愛くて仕方ない。
それは俺にはないもので…
たまに羨ましく思う。
最近は特に…
「俺は壱矢さんと待ち合わせしてるからココまで。」
「おー、また明日な。」
「まー、行けたらだけどな。」
「そういうのいいから、マジで。」
「ひっでぇー。…あ、シュートさ…」
「ん?」
颯斗が鞄を漁ってから俺に差し出してきたのは毎年恒例のチョコだ。
「まー、毎年の恒例だからな。シュート期待してると思って。」
「おー、サンキュー。」
でも今年のそれはいつもの半分以下の大きさだった。
「シュート、今年のそれは友チョコだから…」
「バーカ。マジメな顔して何言うのかと思えば…。そんなの改めて言わなくても分かって。つか毎年友チョコだろうが。」
「…シュートのバーカバーカ。鈍感。ムカつく。俺の数十年を返せ!!」
「なんだそりゃ。」
「…なぁシュート…八神さんさ、喜んでくれるといいな。」
そう言った颯斗はいつもの懐っこい笑顔とは違う、俺の知らない顔をして笑った。
「ッ…だ、黙れ。」
「顔真っ赤にしちゃってさ、かっわいー。」
「ふざけるな、俺はもう行くからな!」
「おー。じゃーな、シュート。」
デパートで時間食ったせいか日は傾いていた。
俺は颯斗からのチョコを鞄にしまっていまだに自分が渡すものだと思えない紙袋を片手に八神の家に向かった。
途中でメールをしたらバカみたいなスピードで返信が来た。
俺は最近このどうしようもない男が可愛くて仕方ない。
俺よりずっと年上で、バカみたいに甘くて、でもビターを好んで、大人なくせにガキ…
そんな八神が、多分可愛くて仕方ない…
…絶対言ってなんかやらないけど。
エレベーターを降りるとお待ちかねと言んばかりに扉の前に八神が立っていた。
「…良かった。遅かったのでね、心配してしまったよ。」
「あぁ、出先だったからな。つか、心配って俺はガキじゃない。」
「やはり俺が迎えに行くべきだったのではないかと、後悔し始めていたところだよ。」
「俺は歩いてたからいいけど、上着も着ないでこんなとこ突っ立って風邪でも引いたらまた折戸さんに怒られるぞ。少しは学習しろ。」
「心配してくれるのかい?…<もしもそうならば此処で君を待っていたのは正解だったのかもしれないね。」
「バカ言ってないで早く中入れろ。寒い。」
「ふふ、そうしようか。」
八神が扉を開けて、俺はそれに続いて中に入った。
その時に少し触れた八神の服が冷えていて、呆れたのと同時に口が緩んだ。
ホントにバカで、ガキで、可愛い男だ…
靴を脱いでリビングに向かう途中から甘い匂いが漂い始めた。
「…なんか甘ったるいな…」
「あぁ、チョコレートの香りじゃないかな?」
「チョコ?」
「毎年この時期になるとね、誰からとも分からないチョコレートが秘書室に沢山届くのだけれど、無駄にしてしまうからね、困っているのだよ。勿体ないでしょう?」
その言葉にしまったと思った。
八神がチョコを貰えないわけがない。
そんな事は始めから分かっていた筈なのに、颯斗に促されるまま買ってしまった。
どうせならもう少し気の利いたものにすれば良かった。
俺は咄嗟に紙袋を後ろに隠した。
リビングに入ると全社員から貰ったんじゃないかってくらいの量のチョコが並んでいて目玉が飛び出そうになった。
「…クソモテ男が。」
「ふふ、何を可愛らしい事を言っているのかな、蹴人。」
「これのどこが可愛いんだ。」
「蹴人の全てが可愛らしいよ。」
「頭の悪い発言はよせ。」
「蹴人、おいで。」
「嫌だ…」
「冷えてしまって寒いのでね、君が暖めて?少しだけ、くっついていよう。」
「…嫌だ。」
「何故だい?…」
「嫌だって言ってるだろ。」
「いいから、こちらにおいで、蹴人…」
「行かない。ココは、落ち着かない…」
「落ち着かないとは?」
「…匂い…落ち着かない…」
「え?」
どこのどいつに貰ったかも分からないものの匂いに囲まれながら八神に触りたくないし、触られたくもない…
俺をこんなにさせる気持ちの正体は…
気づいている…
けど、認めたくはない…
「嫌だって言ってるだろ!この匂い…なんか腹立つから。」
こんなダサい気持ち…
知られたくない。
「…蹴人、君、自分が何を言っているのか理解しているのかい?」
「なにって…」
「無意識…君はホントに可愛らしいね。寝室へ行こうか。彼処は君と俺の特別な場所だからね。チョコレートの香りすら簡単には入り込めない。さぁ、おいで。」
「分かった…」
寝室へ向かう八神の後ろを歩いた。
この紙袋はどうするべきか…
渡すなら今だとも思うけど、八神はチョコは困ると言っていた。
颯斗の言う通り、ホントに八神は喜ぶんだろうか…
寝室に入ると八神はベッド端に腰を掛けて、俺は扉を閉めた。
「君は意外と潔癖なのだね。」
「潔癖?」
俺は別に潔癖なわけじゃない。
人が触ったものに触るのに抵抗があるとかもないし、ある程度仲良くなれば回し飲みとか鍋とかも大丈夫だ。
だから、潔癖とかそういうのじゃない。
でも、昔からどうしても許せない事がある。
俺のテリトリーに入り込まれる事だ。
バ◯サンを焚きたくなるくらいには嫌だ。
あと、俺自身にズカズカと土足で入り込んで来られる事も許せない。
自分の家でもないこの家も、例外じゃないという事になる。
「いや、気にしないくてよいよ。それよりも蹴人、君は先程から後ろに何を隠しているのだい?」
「か、鞄だ、鞄。」
「ならば、早く置いてこちらへおいで。」
どうしたらいい…
置けばバレるし、少し寒そうにしてる八神の側に行ってやりたい気もする。
知ってか知らずか、八神は横を軽くポンポン叩いた。
…どうやら俺は観念するしかないらしい。
リビングに他人のチョコの匂いが充満しているなら、八神が俺との特別な場所だと言うココは俺からのチョコの匂いで埋まればいい…
そう思ってしまった。
ゆっくりベッドに近付いて、八神の前に立った。
「…ん。」
「え?」
八神に少し乱暴に紙袋を差し出した。
「…チョコ…迷惑か?…」
「…」
八神は間抜けヅラを晒していた。
「…人生でこんな事した事ないから…渡し方とか分からないし…ッ!!…」
俺は握りすぎてグシャグシャになった紙袋と一緒に八神の腕の中に居た。
「…諦めていたんだ…俺が一番欲しいチョコレートは、貰う事が出来ないのだろうと…」
「…バカ…」
「人生で一番嬉しい贈り物だよ…どうしよう…泣いてしまいそうだ…」
「と…年寄りみたいだからよせ…」
俺を見上げた八神の目は潤んでて参った。
「仕方がないよ、本当に嬉しかったのだから…」
「い…いるなら、とっとと受け取れ、バカ…」
「…欲しい…です…」
やっぱりこの男は可愛い…
俺は八神の頭に手を回して胸に抱き寄せた。
「仕方ないから…くれてやる…」
「ありがとう。…とても…嬉しいよ…」
八神は目を潤ませたまま、小さく笑って言った。
その顔は、バカみたいに可愛くて…
綺麗だった。
- end -
ーーーーー
■後日談■
「折戸折戸、聞いておくれよ。」
「朝からどうしたというのですか、そのハイテンションは。」
「蹴人がチョコレートをプレゼントしてくれたのだよ。」
「あの黒木君がですか?それは良かったですね。」
「勿体なくて食べられそうにないよ。折戸は新見君からのチョコレートは食べたのかい?」
「総一郎、気持ちは分かりますが、食べておかないと意味がありませんよ。私はもちろん、颯斗君ごと美味しくいただきました。チョコレートの香りを漂わせた颯斗君もとても可愛らしかったですよ。」
「ほう、俺とした事が思い付かなかったな。有難い事に、チョコレートは沢山あるので次に蹴人が来た時にでも試してみるとするよ。今年は無駄にならなくて済みそうだよ。」
「黒木君の場合は止めておいた方が…<って聞いてないですね…」
◇
「ぶえっくしッ!」
「品のないクシャミすんなよ、シュート。」
「男のクシャミに品もなにもあるか!」
「えー、壱矢さんのクシャミは品あるし。」
「つか、言ってたわりに結局大学来れたな。」
「昨日の壱矢さんすっげー優しかったから☆ミ」
「…」
「まぁ、ウチらはいいとして、どうだったどうだった?」
「泣かれた…」
「やっぱ八神さん可愛いな。」
「可愛いわけないだろ。オッサンだぞ。オッサンの涙とかキモいだけだろ。」
「とかなんとか言って、実はシュートが一番八神さん可愛いと思ってんだろ?」
「…ッ!」
「え…ま、まさかの図星?図星ですか、シュートくん!?」
ーーー
- end -
ハッピーバレンタイン!
総一郎さん勝ち組。
みつき。
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