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第1話
いっそもう死にたい。
外は快晴。
散歩にちょうどいい少し汗ばむ程度の気候。新緑の香りを運んでくる風は優しく頬を撫でていく。
4月最後の日曜日の朝、皆が穏やかな顔付きで想い想いに過ごす駅前広場で、ただ一人ふらふらと覚束ない足取りで歩く秀一を、すれ違う誰もが怪訝な顔をしてサッと避けていく。
顔は真っ青で、がっくりと肩を落とし、寝癖のついた頭にくたびれたジーンズ。眼鏡を最後に拭いたのはいつだった?適当にひっ摑んだTシャツだけがまだ比較的新しくて綺麗だが、よくよく考えたら何故自分はこんなキツいオレンジ色のTシャツを買ったのだろう。
少々古びた駅ビルのウィンドウに映る自分の姿はまだ25歳とは到底思えないほどに憔悴している。
秀一は再びふらふらと歩き始めた。
「うわっ…あいつヤバくね?」
「しーっ!聞こえちゃうよ!キレられたらヤバイよ!早く行こ!」
すれ違った中学生くらいの女の子が囁いたその会話に、秀一は益々死にたくなりながら俯いて小さな路地に逃げ込んだ。
先週月曜から今日まで、散々な日々を過ごした。もういっそ消えてしまいたかった。
『シュウくんって〜…優しいし顔はまぁそこそこ好きなんだけどなんか残念っていうか〜…デートもありきたりでつまんないし…それにえっと〜…アッチがお粗末なんだよね…僕、夜の生活も大事だと思うんだよね〜…う〜んと、ごめんね?』
つい昨日聞いたばかりの可愛い恋人、いや元恋人の声が木霊する。ゲイの自分が初めて付き合った相手だった。可愛くて優しくて大好きで、大学4年間密かな片想いを続け、卒業を機に告白したらまさかのオッケーをもらって天国を見た気がした。
激務の合間の時間を縫って大切に大切に過ごした2年。終わりは呆気ないものだった。
小首を傾げながら上目遣いにズバッと別れを切り出す姿を思い出してまたじわじわと涙が浮かんでくる。
グイッと拳で雑に拭い一歩踏み出すと、足先に触れた何かがカシャンと小さな金属音を立てた。
少し視線をあげればOPENの文字。カフェのようだ。
就職してから住み始めて2年になるが、こんな裏路地にカフェがあるなんて知らなかった。
尻ポケットに無造作に突っ込まれた財布は給料日を過ぎて潤っている。プレゼントを贈る相手はもういない。
たまにはカフェでモーニングなんて小洒落たことをしてもいいんじゃないか。
秀一は深く考えず、少し古めかしい金色のドアノブを回した。
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