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第2話

扉をほんの少し開けた瞬間に溢れてきたのは、音の泉。 4月の日曜の朝に相応しい静かで温かな音。柔らかく穏やかに響く音色は甘く蕩けるような旋律を奏で、ストレスで荒んだ秀一の鼓膜を擽って浄化する。 もっと聴きたい。 ほんの一瞬の音だけですっかり魅入られた秀一は、ドアを大きく引いて、そしてドアに設置されたカランカランというベルの音にハッと意識を取り戻した。 同時にピタリと止まる音。 無音になった店内の奥にそびえる黒い大きな物体は、秀一も何度も見たことがある。 ピアノだ。 その向こうに人影が一つ。 すっと立ち上がったのは、意外にも秀一と大して変わらない年に見える男性だった。 「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ。」 その人はパタンとピアノの蓋を閉じると、すぐ隣にある立派なオーディオを手慣れた様子で操作して、カウンターの中へ入って行った。 程なくしてゆったりとした音楽が流れてくる。クラシックのようだが、生憎普段は流行りの邦楽を少し聴くだけの秀一に曲名などわかるはずもなかった。 さっきの、ドアを開けた瞬間のような衝撃はない。 アレが聴きたかったんだけどな、とちょっとガックリしていると、目の前にグラスが現れた。 「ご注文はお決まりですか?」 秀一は慌ててテーブルの上に置かれたメニューに目を通す。 トースト、サンドイッチ、パンケーキ、どれもこれも美味しそうな写真が添えられている。グゥっとわかりやすい腹の虫の主張に、秀一はちょっと恥ずかしくなりながらBLTサンドを指差した。 「えと、これ…」 「コーヒーか紅茶がお選びいただけますが。」 「こっ…コーヒーで。」 「かしこまりました。」 メニュー表を渡した方がいいのかな、と顔を上げて、秀一はそのとき初めて男性の顔を見た。 一瞬見て、バッと視線を落とした。 (び、美男子…!) 一つに束ねたサラサラの明るい色の髪に、同じ色の瞳。顔立ちは日本人のものだったが、明るい色の髪と瞳がよく合う華やかな造りが小さな顔にバランスよく収まっていた。 再びカウンターに入ったシャンと背筋が伸びた背中をチラリと見ると、途端に自分の寝癖頭が恥ずかしくなって、秀一は髪を撫で付けた。

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