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第19話
男は桜井の肩をトントンと指先で叩くと、何かを囁きかけた。
恐らく秀一がオーダーが決まって視線を送っていたと思ったのだろう。桜井が一瞬こちらを見て、メモを片手にカウンターから出てきた。
「すみません、騒がしくて。何になさいます?」
「あ…えーっと…じゃあ、ナポリタンで…」
「はい、カフェオレでよろしいですか?」
「はい。…あの桜井さん、彼は…」
「ああ、大学の同期です。腐れ縁ってやつですかね?」
ちょっと困ったように笑って、桜井はまたカウンターの向こうに戻っていく。
ああ可愛い。
普段は華やかな雰囲気の美人さんである桜井が破顔するとちょっと幼い印象になるのが本当に可愛い。
きゅーんと初々しい声を上げる胸を落ち着かせようと深呼吸すると、ジュージューと美味しそうな音が聞こえて来た。
カウンターの向こうでフライパンを握る細い背中、を隠す、でかい男。
悔しいがイケメンである。
スラリとした体躯には服の上からでもわかるバランスのいい筋肉。流行りの細マッチョだ。背も高く脚が長い。キリッとした精悍な顔立ちを際立たせる黒髪はオールバックが嫌味なほど似合っていた。
その素晴らしい顔とスタイルを男は見事なまでに活用して桜井に何かを迫っている。桜井への恋を自覚したばかりの秀一は気が気ではない。あれだけのイケメンがあんな風に手を替え品を替え迫ってきたら、桜井がゲイでなくてもグッとくるものがありそうだ。
が、その心配は無用だった。
「どうぞ、お待たせしました。」
美味しそうな湯気を立てたナポリタンを、いつもの柔和な笑顔で運んでくれる桜井。その背後に蹲るでかい男。
秀一は見ていた。
カウンターから出てくる際にするりと腰に手を回してきた男の鳩尾に、強烈な肘鉄を入れる桜井を。
思わず、ナポリタンを差し出してきた桜井にちょっと引き気味の会釈を返してしまった。
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