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第26話

Träumereiにたどり着く頃には雨足が強くなり、秀一はすっかり濡れ鼠と化した。 時計だけ受け取ってすぐ帰ろう。そう心に決めて思い切って店内に入った。 そして目に飛び込んで来たのは、店奥のピアノを優雅に奏でる望月と、その望月の隣で笑う桜井の姿だった。カフェの店員としての桜井とはあまりに違う、楽しげで何処かわくわくしているような、少年のような無邪気な笑顔で笑う桜井は、秀一の知るカフェの店員という姿とはかけ離れていた。 カランカランというドアベルの音に二人の視線が一斉に集まる。店内に流れていたピアノの音色も同時に止まった。 「あ、勅使河原さん…って、外雨降ってました?すごい濡れてるじゃないですか!」 「おー秀一くん!おかえり!時計だろ?」 「今タオルお持ちしますから、使ってください。」 「あっ…桜井さん!」 秀一の呼び止める声も聞かずに、桜井は軽快な動きで颯爽と店の奥に消えた。階段を上がる音がする。 桜井が消えた店の奥を呆然と見つめる秀一を、いつの間にかピアノを離れた望月がニヤニヤしながら覗き込んだ。 「な?意外と優しい。」 意外とってなんだよ、桜井さんはいつも優しいだろ。 ムッとして睨みつけてしまったにも関わらず、望月はアッハッハと豪快な高笑いとともにピアノを片付け始めた。どこまでも軽薄でムカつく奴だ。 程なくして戻ってきた桜井の手にはふかふかのバスタオルとフェイスタオル。 桜井はバスタオルを広げて秀一に手渡すと、フェイスタオルの方をふわりと濡れた頭にかけてくれた。 「すいません…」 「いえいえ、寒くないですか?」 「はい。」 ふかふかのタオルからいい匂いがする。柔軟剤かな。タオルはまだ新しそう。2階から持ってきたということはもしかしなくても桜井の私物?プライベートで使ってるもの?そう思うとなんだかよりいい匂いで柔らかいタオルに感じる。どこの高級タオルだろう。今治タオルと泉州タオルしか知らないけど。 あ、俺もしかしなくても気持ち悪い。 我に返ったのは、既にタオルに鼻を押し当ててすんすん匂いを嗅いだ後だった。

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