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第27話
そんな秀一に気付いているのかいないのか、ニコリといつもの見慣れたカフェ店員の顔に戻った桜井はピアノの側を離れ秀一の目の前にあるレジ台の方に歩み寄り、引き出しの中から小さな箱を取り出した。中から現れたのは、秀一が忘れていった腕時計。
元恋人から貰った黒とシルバーのシンプルながらに小洒落た腕時計だ。
「良かったです、すぐに気が付いたんですけどもう店の外にはお姿見えなかったので。」
「あ、いや…すみません…」
「いえいえとんでもない。こちらこそご足労おかけして申し訳ございません。」
「秀一くん良い時計持ってんなー。意外と金持ち?」
「おま、意外とって…」
「も、貰いもんですよ!しがないサラリーマンですから!」
「ふーん。いいなー俺も新しい腕時計買おうかなー。」
秀一の腕時計を繁々と眺めながら軽口を叩く望月は、上から下まで高級品に身を包んでいそうだ。もしかしたら一つくらいは安物なのかもしれないが、センスも良いし何より顔とスタイルの大勝利で安っぽさなど微塵も感じられない。素直に羨ましい。
そんな望月は一瞬ピタリと動きを止めた。そしてすぐに、にやぁ、と意地の悪そうなガキ大将さながらの笑顔を浮かべる。
ぞわりと嫌な予感がしてとっさに身を引いたものの、一瞬間に合わなかった秀一の肩に腕を回してきた。
スルッと躱して逃げようとしたが、がっしり掴まれた日頃の疲れが溜まりに溜まった肩がミシッと嫌な音を立てて悲鳴をあげただけだった。嫌な予感どころか悪寒がする。
次に望月が口にしたのは、
「彼女から?」
だった。
案の定ろくでもない。秀一はヒクッと漫画のように肩頬が引き攣り、ついでにメガネもずり落ちた。
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