1 / 3
1
そのいち、クラスメイトYの証言。
「あー、館野 ね。俺もあいつくらいカッコよく生まれてたら人生変わってたんだろうなぁ。つかあいつ、まじ良い奴よ。鼻にかけねーし、気さくだし。パーフェクトだよな。あっ、勉強のできだけは俺の方がいいけどねん!」
そのに、クラスメイトSの証言。
「えー?館野くん?ヤバイ好きー!背も高いし顔もいいし!でも近寄りがたい雰囲気なんてまるでないし、超話やすいし!ほんっと同じクラスなれてラッキーだよ!」
そのさん、クラスメイトDの証言。
「ん?館野の彼女?あいつ高校入ってから彼女できてねーよ。……ここだけの話な、女子の中で抜け駆け禁止令ってのが出てるらしいぜ。ま、あいつ自身も今気になる女子いないみたいだし?いやぁ、モテる男はつらいねぇ」
そのよん、担任教師Cの証言。
「館野は空気を読んでクラスを纏めてくれるし、いてくれるだけで俺も色々やりやすいよ。あと勉強を真面目にやってくれたら言うことなしだな!」
以上の証言からまとめるに。
館野という男は顔良し、性格良し、女子にモテモテ、男子にも好かれ、教師の覚えもいい。少しだけ勉強がおろそかだが、それ以外は非の打ちどころがない。とてつもなく素晴らしい高校生男子ということだ。
しかし、待ってくれ。証言をこれで終わらせちゃいけない。
そのご、クラスメイトH――俺、樋口楓 の証言が残っている。
「あいつは、確かに顔はいい。クラスのみんなにも好かれている。だけど、頭がおかしい。変態だ」
それが、俺の館野に対する紛れもない印象だ。
「樋口さんや、おトイレいきましょーや」
昼休み、昼食を終えニヤニヤと笑いながら俺に寄ってきたクラスメイトYこと安村に、俺は首を振った。
「俺、別にいい」
「えー、連れションしようぜー」
「女子かお前。便所くらい一人で行けよ」
俺は尿意も便意も催していないのに、なんで好き好んで汚い場所に行こうというか。
「えーん、やっちゃんさみしーわ」
もう俺が断固として行かないと解っているのに、安村はそれこそ女子のように体をくねらせながら、最早騙そうという気皆無の泣き真似をのせて俺に擦り寄る。
いつもどこかふざけ半分の安村。これはショートコントみたいなものだ。馬鹿馬鹿しいが、俺もこういうノリは嫌いじゃない。
「ア…」
アホか。
俺が笑いながらそう突っ込めば、このくだらないやりとりは綺麗に終わりを迎えるはずだった。
しかしそれは、どこか焦った様子の男によって打ち切られることとなった。
「樋口!ちょっといい?」
急に俺と安村の間に割り込んできた館野は、疑問形ながらも問答無用で俺の腕を掴み引っ張った。
「えっ、わ、ちょ…」
「ちぇ、じゃあ一人寂しく行ってくらー」
一瞬面食らった顔をした安村は、またすぐにやけ顔に戻って一人教室を出ていった。
そして俺はぐいぐいと手を引かれ、安村が出ていった方とは反対の扉から廊下へ出た。そのまま無言で引っ張られていく。
おいおい、担任Cこと千々和 先生よ。館野は空気が読めるんじゃなかったっけ?さっきの俺と安村のやりとりぶち壊しなんだけど?
俺は無言のままずんずんと進む館野の背中を胡乱な眼で見つめながら、ひとつ溜め息を落とした。
「――館野、手、痛い」
ぼそりと言えば、館野はものすごいスピードで振り返り、俺の手を離した。
「あっ!…ご、ごめんっ!」
こっちが引くくらいの慌てぶりで、館野は何度も俺に謝り倒す。
俺は隠すことなく再び大きな溜め息を落とし、周りを見た。俺たちは特別教室の廊下まで来ていた。幸い、周囲に人気はない。いや、もしかしたら館野は人のいない場所を目指して歩いていたのかもしれない。
「………で、何の用」
「いや、特に用はなくて…ほら、トイレ連れてかれそうになってたからやばいかなって思って」
ほら、出たよ。
どんどん冷めていく俺の視線とは裏腹に、館野の顔はどんどん赤くなっていく。もじもじとどこか恥ずかしそうにするさまはいっそ滑稽だ。イケメンなら何でも許されるってのは嘘だったんだな。
俺は怒鳴りそうになる衝動を努めて抑え、冷静に返した。
「別にやばくないけど」
「いや、それは、その…個室に入れば大丈夫だろうけど、やっぱ男子トイレ入るのって抵抗あるっしょ!」
ぜんっぜんありませんけど。
そう言ってもこいつには通じないんだろうな。
ともだちにシェアしよう!