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館野と初めて話したのは、二年に上がって一週間たったときだ。
初めて同じクラスになったのだが、出席番号が近いわけでも共通の友人が特にいるわけでもなく、一週間目に館野が話しかけてくるまでは全く関わりがなかった。
しかし、その話しかけてきた内容が尋常でなかった。たまたま俺がひとりで歩いているとき、すっと近付いてきた館野は内緒話をするかのようにこっそりと俺にこう言った。
「俺、樋口の秘密、知ってるから」
「は?」と、この上なく訝しげに返した俺の反応は、当たり前のものだと主張したい。
だってさ、顔見知りとは言え、挨拶もまともに交わした事のない相手にいきなり秘密握ってます宣言されてみてよ、絶対こうなるから。
しかし、俺にはそんな大それた秘密はない。内緒ごとと言えば、宿題を忘れて安村のを丸写ししたくらいか。
そんな俺の反応を館野がどう受け取ったかは知らない。あんな変人の感性なんて俺に解るわけがない。
「大丈夫、言いふらしたりなんて絶対しないから。俺は樋口の味方だよ」
全てを包み込むような朗らかな顔をした館野はそう宣い、それ以後、よく俺にちょっかいをかけるようになった。
普通の友人関係を築こうというのなら、俺も館野を歓迎しただろう。しかし、あいつの俺に対する態度はどこかおかしかった。
例えば、だ。
お調子者安村が持ってきた某アダルト雑誌を、持ってきた本人と二人で覗きこんでいたときだ。
「巨乳がいい」「いやいや美尻こそ正義」だなんて話が盛り上がって、いざ、袋とじを開けるぜ! といった展開になった瞬間、急に走り寄ってきた館野は真っ赤な顔して俺の目を手で覆った。
そして安村に言い放ったのだ。
「お前、樋口になんつーもん見せてんだよ!」
と。
これには安村も俺もポカン顔だった。意味が解らない内に雑誌は館野に没収され、その場は有耶無耶のうちにお開きになってしまったのだ。
それから、体育の時間だ。更衣室で着替えようとした瞬間、俺はやっぱり真っ赤な顔した館野に引っ張られ、部屋の隅の棚の影に追いやられた。
「俺が見張ってるから、今のうちに着替えて」
ここは路上ではなく男子更衣室であって、別に見張りは必要ない。しかし館野は断固とした態度で、結局俺は館野の広い背中と壁に挟まれ着替える羽目になった。それはもちろん、体育が終わった後の着替えでも同様で、しかも毎回なのだ。
いい加減意味の解らない行動にイラついてきた俺は、ある日館野に問い詰めた。
「お前、何がしたいわけ?」
「いや、俺は樋口の秘密がばれないように協力しているだけで…」
「だからっ!!俺の秘密ってなんだよっ!!」
「それは――……」
そして返ってきた言葉に俺は目眩を覚えたのだった。
「あのさぁ、もういい加減、言い飽きたんだけどさ。俺、男なんですけど」
そう、なんとこの変人館野は、なんでかは解らないが俺を男装した女の子と思い込んでいるのだ。
「だから、俺は解ってるんだから無理しなくていいって!」
相変わらず理解してくれない館野は、俺が必死に秘密を隠そうとしている健気な女子に見えているらしい。
そもそも、俺はどこからどう見ても男にしか見えない容貌をしている。名前こそ楓なんて女の子みたいな響きだが、正真正銘の男。運動部ほどではないがそれなりに筋肉はついているし、身長も館野ほどではないが一七〇後半はある。顔も決して中性的ではない。たとえ俺が化粧をして女装をしても、百人中百人が男又はオカマだと言うだろう。
それを何をとち狂ったか、こいつは俺が女だと言い張る。つうか、常識的に考えてあり得ないだろう。女の子が男子生徒として学校に通うなんて。漫画やドラマの見過ぎじゃなかろうか。それにうちの学校は男子校でもない。女子生徒が半数を占める共学だ。女がわざわざ男になりすます理由もまるでないのだ。
「どうすりゃいいの、脱げばいいの?」
苛立ちで少し自棄になりながら、俺はYシャツの裾に手を掛けた。
そうだよ。真っ裸になって股間にぶら下がったモノ見せつけたら、流石のこいつも現実を受け入れるだろう。
しかしその手も館野によって阻まれた。
「っわ――!!ダメだろ、女の子がそんなことしたらっ!!」
真っ赤な顔で俺の服の裾を戻そうとする館野に、苛立ちが増す。本気で言ってるから性質が悪い。しかも、奴の力は強く、手を押しのけて服を脱ぐのはもう無理だ。
それならば、と、俺は館野の手首を掴みそれをぐいっと上に持っていった。
「おら!俺には胸なんかねぇだろうが!」
俺の真っ平らな固い胸の上に、館野の掌を押し当ててやる。その瞬間、びたっと館野の動きが止まった。切れ長の目が真ん丸に見開かれる。
おお、やっと現実に気付いたか! と、俺が思った瞬間。
「―――ッ!!!!」
どかん、と音が聞こえたような気がした。ただでさえ赤かった館野の顔が一瞬にして耳まで更に深紅に染まり上がり、その喉から声にならない悲鳴が響いた。
極めつけに、その高く端正な鼻から、たらりと一筋の赤い血が…。
この反応は…いったい…。
俺が戸惑いながら館野を見ていると、我に返った奴は急いで俺から離れた。そして鼻血を垂れ流したまま俺に怒鳴った。
「ひ、樋口っ!!もっと自分を大切にしないとっ!!」
――ドン引きなんですけど……
俺は本能の赴くまま、その場から走り去った。もう館野には近付きたくない。あいつマジでキモイ。
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