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その日から俺は、できる限り館野を避け続けた。絶対視線は合わせない。あいつがちょっとでも近付こうものなら全力で距離をとった。
「樋口、館野が見てるよ?ちょー見てるよ?捨てられた子犬みたいな目で見てるよ?売られていく子牛のような目で見てるよ?」
あからさまな俺の避けっぷりはもちろん周りにも気付かれている。休み時間、相変わらずのノリでやってきた安村が、どこか面白げに、だけど少しの心配を込めながら言ってきた。
言われた方をちらりと見ると、女子に囲まれた館野がじっとこちらを見ていた。
「喧嘩でもしたん?」
「いや、喧嘩じゃなくて、関わり合いになりたくないだけ」
「おう、辛辣ぅ。でも、なんで?館野良い奴じゃん」
安村の言葉に、俺は口を開きかけて閉じた。何と説明したものか。正直に「あいつ頭おかしいから俺のこと女だと思いこんでんだよ」とでも言うか。言いたくない。しかし、その件を除けば、俺も館野に対する印象は安村と変わらない。どうしたものか…。
そう思い悩んだのが悪かった。俺はあいつが近付いてきていたことに気付けなかった。
「樋口!」
名前を呼ばれたかと思ったら机の真横に館野が立っていて、俺は逃げ道を塞がれていた。
思いつめた顔の館野が俺を見下ろし、がばっと頭を下げた。
「樋口、この前はごめん。でも、あれは樋口が自分で触らせたっていうか…その、いや、俺もラッキーとか思っちゃったんだけど、でも…と、とにかくごめん!」
見当違いの謝罪に、俺は意識が遠のきそうになった。この男は、俺が胸を触られたことに対して怒り避けていたと思っているようだ。
「あのなぁ!俺は別に胸触られたって何にも減りゃしねーし、痛くもかゆくもねぇんだよ!」
「だったら、なんで怒って…」
きょとんとした館野に、本気で怒りが湧いてきた。気付けば俺は立ち上がり、周りのクラスメイトがこちらに注目していることにも配慮せず怒鳴っていた。
「てめーの頭がイカれてるからだろうがボケっ!こんなごつい女がどこにいるってんだよ!!――安村ぁっ!!」
俺は真横にいた安村をぎゃんと振り返った。俺の気迫に飲まれた安村が「はいぃっ!」と敬礼しながら背筋を伸ばす。
「俺の性別をこの館野に教えてやれ!!」
びしっと館野を指差しながら命じれば、安村はきょとんとした顔で不思議そうに館野を眺めた。
「え?性別?性別いうの?え、男でしょ?チンコついてるし」
あっけらかんと言われた言葉に、館野は相当の衝撃を受けたようだ。驚愕の表情で安村に詰め寄った。
「!?み、見たの?樋口の裸をっ!!」
「だって俺中学一緒だったし。修旅で一緒に風呂入ったもん。なー?」
最後のなー、は俺に向けられていて、つられるように館野もこちらを見た。なので、俺は力強く頷いてやった。
このとき俺は、人ってホントに真っ白に燃え尽きるんだということを知った。館野はふらふらと床に沈み、愕然としている。風が吹けば飛ばされていきそうだ。
「どういう経緯で女だとか勘違いしたか知らないけど、これで解っただろ。もうキモイ思いこみやめろ」
言ってやったぜ。沈む館野の後頭部を見ながらすっきりとした俺は、ふう、と息を吐いて椅子に座った。
周りから「え?館野君、樋口のこと女と思ってたの…?」「どゆこと?」と困惑の声が聞こえてきてやっと、俺はギャラリーが多くいることを思い出したが、今はこの勝利の余韻に浸っていたかった。
「…………でも」
ざわつく周囲に混じって、震える声が耳についた。ふと見れば、俯いたままの館野がぎゅっと拳を握りしめている。
「でも、樋口が女じゃなきゃ、おかしい、説明つかない!」
がばっと復活した館野は、もう俺が男だと解っているはずなのに、認められないと首を振る。
「だって、俺が樋口にときめいちゃうのは樋口が女子だからだろ!?」
その瞬間、俺を含め、周囲の音が一切止んだ。誰もが目を丸くして、館野の言葉の意味を考えた。
「え、館野ってば樋口に恋しちゃってんの…?」
沈黙を破ったのは、安村だった。俺はその言葉を理解したくなかった。現実逃避したい。
「そうだよ!だから、樋口が女子じゃないとおかしいだろ!?」
クラスメイトがギャ――!!と叫ぶのを、俺は遠のく意識の中で聞いていた。
意識を失った俺は保健室へ担ぎ込まれ、寝込んでいるうちに館野はクラスメイトにいらない知識を植え付けられたらしく、起きた俺にこう言った。
「男同士の恋愛ってのもあるんだってな。ごめんな、樋口のこと女の子だなんて言って。改めて、俺、樋口が好きだ」
――いやもういっそ俺のこと女と思いこんでてもいいから、俺にときめかないで。
そんな俺の願いは、館野のどこかすっきりした極上の笑顔に跳ね返された。
その日から、館野に関する証言は一変した。
「館野は樋口に恋するホモだ」
まとめるに、俺に恋しちゃってる高校生男子ということだ。
おしまい
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