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何か僕に粗相があったのか。 それとも、外の世界で何かあったのか…… 想いを巡らせた所で この遊郭に幽閉されていては、知る術もない。 しかし、榊様がもう三晩来なかった……という事実は、どう足掻いても変えられない。 ……僕に、飽きてしまったんだろうか…… 榊様の揚げ代が尽きた事で、昼前までにはこの部屋を引き払わなければならなくなった。 今日からまた、見世に出て客を取るように、龍次を通じて楼主から話があった。 朝霧の掛かる早朝。 他の遊男達が客を見送り、二度寝をする中…… 窓枠に腰を下ろして肘をつき、外の景色をぼんやりと眺めていた。 チリン、チリン…… 僕の心情も知らず、風鈴が爽やかな高い音を響かせる。 「……おぉ、良い音色じゃねぇか」 障子戸が開き、龍次が顔を覗かせる。 「なんだ、金魚もいるのか」 ずかずかと勝手に上がり込み、窓際に置かれた金魚鉢を覗き込む。 反応を返さずにいれば、龍次が眉根を寄せ、不敵な笑みを浮かべる。 「……こいつは、今のお前みてぇだな」 「……」 こんな時まで嫌味な事をいう龍次は、本当に意地が悪い。 黒目だけを動かし、龍次を睨みつけながら唇を尖らせる。 「榊様が……寂しくない様に、自分に似た金魚を連れて来て下さると、約束してくれました」 「……へぇ、そいつはいつ頃だ?」 「──!」 龍次から視線を逸らし、窓の外へと向ける。 視界が歪み、溢れた涙が無情にも、つぅっと頬を伝って落ちる。 それを人差し指で拭っていると、龍次が僕の隣に腰を下ろした。 「……結螺。 俺は何も意地悪で、客に本気になるなと言った訳じゃねぇ」 「……」 「おめぇには酷かもしれねぇが、外の男にとって、ここは夢の世界だ」 客が求めるのは、一時の夢。 夢はいつかは醒めるもの…… 龍次が、初めて見世に出る僕に言った言葉…… 「……冷静になって考えてみろ。 その榊様が、もしお前に心底惚れて本気で一緒になりてぇと思っていたなら…… 前金だ何だと、んなまどろっこしい事なんかしてねぇで、太夫でも花魁でもねぇ安い遊男のお前を、早々に身請けして手元に置いとくだろうよ」 「──!」 龍次の言葉が、胸の真ん中にすとんと落ちる。 ……だからこそ、余計に堪らない…… 「……少しくらい、遊男も夢を見たって……」 「ばぁか。……それは馴染みの客を沢山抱えた花魁が言う台詞だ」 片眉を吊り上げた龍次が、僕を見て冷笑する。 溢れた涙を再び拭い、立てた両膝を抱えて引き寄せる。 「……龍次の、意地悪」 『結螺……愛してる』 そう言って交わした最後の口付けが、脳裏を掠める。 ──惚れていたのは、僕だけだったの……?

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