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山歩き
次の日は地獄谷 散策から山歩きに出かけた。
ここら辺は庭だとか豪語する鈴木の案内であちこちめぐり、こないだ丹生田と歩いた湖畔にも行った。先輩たちと一緒だと全然ムード無いけど、でも二人だけで見たあの日を思い出したりして。
「あんときの方がずっとキレイだったよな」
こそっと言ったら「そうだな」なんつって! 俺には分かる感じでちょい笑って!
二人の秘密って感じで悪くねえじゃん! とかって浮かれまくり、やべやべテンション上がりすぎたらバレる! とか思って、ヘヘッと笑って誤魔化したり。
てか先輩たちも、なにげにはしゃいでんじゃね?
先頭切って走ったり木や崖によじ登ったりしてる姉崎に、小谷さんや大田原さんや、会長まで一緒になってやってるし。てか小谷さん、なぜにそんなチカラ任せなの!?
「おい小谷! 自然破壊するな!」
なんてツッコんでる庄山さんの隣で「いけー!」とか乃村さんが囃しててて、岡部さんとか新山さんがゲラゲラ笑って見てる。
ちょい大人に見えてた執行部メンバーがガキみてえな感じで、考えたら一個か二個しか違わねえンだって、今さら気づいたってかさ!
だから俺も一緒になって騒ぐ!
てか運動能力ぱねえ姉崎とか小谷さんとか大田原さんにはまったく勝てねえけど、会長には勝ったぜ! とか雄叫びってみたりして。そんで丹生田も、ちょい目を細めて、やっぱ楽しそうだからオッケ!
そんななか異質な騒ぎ方をしてたのが尾方先輩だ。
いつもニコニコのぼ~っとしてるだけの人と同一人物かいあんた、な早口で、ここら辺は植生が面白いとか植物地理学的にどうとか、生態学の教場として興味深いとかって、ずーっとしゃべってんだけど。まるで講義みてえに。
「ここは地熱があるからね。植生にも影響出てるんだと思うんだけど。プラスしてカルデラ湖ってコトも影響あると思ってるんだ。そもそもココの成り立ちは地質学的に……」
なんつって意外にも鈴木が乗って、生えてる木や草の種類と地質の関係性とか、通常北海道じゃ観られない植生についてとか、口調はいつも通りのんびりしてんだけど、いつもより早口でさ。
二人ともよく分かんないトコでエキサイトしてんだけど、会話はかみ合ってない。そんで二人とも気にしてない。
お互い言いたいコト言ってるだけなのに、見た目会話が続いているように見えるという、不思議な状態になっていた。
そんで乃村先輩がまた見事にツボつく……らしい質問とかするからさらに止まんなくて。
面白かったけどね!
知らないこと知るのってやっぱ楽しいよな。俺あたり、たぶん覚えてらんないくらいの情報量垂れ流されたけど、教材目の前にして解説されると「ほぉ~」とか普通に感心するし。
で、そろそろ昼飯って流れになった頃、俺は気づいた。
「あれ、大熊先輩は?」
いつもヘラヘラ上機嫌、キザでカッコつけの大熊先輩がいない。
「宿に残ったぞ」
大田原先輩が言った。「え~? 宿でなにしてんの」とか聞いても「知らんよ」だって。姉崎に「おまえなんか話してただろ」とか先輩が聞いたけど
「知らなーい」
適当な口調で答えてた。妙にしれっとした笑い方で。
あ~、なんか企んでる顔だ~、とか思ったけどほっとく。下手にツッコむと怪我しそうだし。
でも、こんな何も無いとこで、大熊先輩なにしてんだろ。
別にイイんだけど。
丹生田ってガキの頃、田舎でおじいさんと良く山歩きしてたとかって慣れてて、横歩いてる俺にしか聞こえねえ程度の呟くみたいな低い声で、色々教えてくれた。
そんでデカいから高いとこ手が届く。「つうかすんげえな蝉の声。すぐ近くに居そう」なんつったら、ひょいっとなんかつかんで見せてくれた。
んだけどそれがセミだったからビビる。実は俺は、虫が苦手だったりするのだ。
つかガキの頃はだいじょぶだったのに、高校くらいからなぜか無理になったんだよ。
「思ったよりちっちぇーんだな、あんなウルサイのに」
平気なフリしてカラッと笑ったけど、実はちょいビビりつつ、そんでも丹生田が捕まえてくれたんだから、しっかり見ねーと。
「すっげー。近くで見たの初めてだー」
とか平気っぽく言いつつ、実はこわごわ見る。蛇腹っぽい腹とかうにうに動く足とか、げ~グロいよ~、なんて思ってたら
「発音筋、発音膜、共鳴室、複弁などの器官が発達しているためだ」
いきなり横から声がかかった。
「種類によってはオス成虫の腹部断面のほとんどが空洞になっている場合もある」
尾方先輩だった。
目がキラキラになってて、先輩はセミの種類とか生態とかなんとかって語り始めた。いったん収まってた講義が再び始まっちまったんで、あちゃー、なんて思ってる俺の横で、丹生田はすぐセミを離した。
「逃がして良いの? せっかく捕まえたのに」
「こうして鳴けるのも一週間くらいなんだろう。自由を奪ってはかわいそうだ」
うっ! なんだよ、こんなゴツイのに優しいって反則だろ!
とか俺がうるっとしそうになってたら
「セミの生態はまだ研究途上だ。成虫の生活時間が一週間というのも一説ではあるが定説では無い。種類により違うという説もあり、二週間説、十日間説などもあり…」
「尾方ぁ、その話長くなるかあ?」
会長がムードを解さない天才にツッコんだけど、講義は止まらない。
「成虫は捕食の対象ともなりやすい。クモやカマキリ、鳥類やスズメバチなどの獲物にもなりやすく、寿命をまっとうできる個体は限りなく少ない」
「えっ、そうなの? んじゃ落ちてる死体見つけたらおめでとうって感じなわけ?」
「その通りだ」
尾方先輩が俺を見てニコニコ頷く。まずっ! とか思ったが時既に遅し。
「自然死というのは、自然界ではかなり幸運なことなんだ」
「あ~、そうなんだぁ~」
とか言いつつヘラっと笑って誤魔化そうと思ったが、話にはさらに熱が入った。
「モンスズメバチなど、幼虫を育てるためにセミの成虫を主要な獲物としているくらいなのだ」
余計なことを、と言いたげな先輩たちの視線にさらされ、はいはい、ヘンなこと言ってすみませんでした~、とか思いつつ、俺は丹生田の手をつかんでさっさと歩き、先輩から離れる。講義する相手がいなきゃ話やめんだろ。
つうかこの旅行中、丹生田がなんかぐずぐずしてっから、しょっちゅう俺が手を引っ張ってる感じで、これもなんか嬉しかったりする。
丹生田とずっと一緒で、二人で旅行って感じになったし(余計なのはいっぱいいるけど気にしたら負けだ!)
めっちゃ楽しいし! 俺ってば安っ!! とか思うけど、いいもんね!
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