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鈴木の提案
「あった、これこれ」
姉崎が突き出した紙を「サンキュ」と鈴木が受け取ると、さっき畳んだはがきが落ちた。床ふきを中断して、俺が拾う。やっぱり写真に目が釘付け。
行けるわけ無いよなあモルジブ、とか思いつつ、つい愚痴が出る。
「あ~あ、やっぱイイなあ、行きてーなー、海」
「海? なんだよ、そんな話してたの?」
「いや、藤枝が言ってただけ」
鈴木が問うと姉崎が紙を仕分けしながらぼそぼそ答えた。丹生田にちゃんとやるとか言ってたわりにやっぱ面倒そうだ。やっぱイラッとするなあコイツ。
いや! と頭を切り換える。そうだ楽しいこと考えよう!
「だーって行きてえもん。夏なのにどっこも行ってねえしさー。海いいじゃん? 山でもいいけど。はぁー、モルジブ良いなあ、南の島」
つい愚痴っぽくなりつつはがきをベッドに放り、床ふきに戻った。
夏休み、なんで帰省しねえの? とか聞かれたら「いつでも帰れるからだ」つってる。
全くの嘘じゃない。事実、俺の実家は近いしね。都内じゃ無いけどなんなら通える距離だもん。
けど本当の理由は丹生田が残ってるからなんだ。
丹生田の実家は今、みんなアメリカに行ってるんで帰省しないって聞いたからさ、なんとなく残ったんだ。だってなんか寂しそうじゃん? くそ暑い寮の部屋で一人になるとかさ。
でも夏らしいこともしたい。海とか山とか。
だって十九歳の夏はこれっきりなのにさ。
どこでもいいから丹生田と一緒に行きたいなあ。すんごく楽しいだろうなあ。
床ふきしながら、思わずため息が出た。
「……それにするか」
捨てる紙をまとめながら、丹生田が淡々と言った。「それって?」と姉崎が聞く。
「報酬だ」
「この掃除の?」
やる気なさそうに姉崎が聞くと、丹生田が言う。
「海に行こう。山でも良い。そうだな、藤枝」
「えっ」
俺? なんで? 思わず顔あげて丹生田を見ると、ちょい目を細めてる。分かりにくいけど、コレは丹生田の笑顔だ。
おお、と簡単に癒やされる俺。
「ベストはモルジブだ、スポンサー姉崎」
「はぁ? なにそれ」
「報酬に文句は言わないんだろう」
「限度ってモンがあるだろ。モルジブだって?」
姉崎の声が低くなった。これが危険信号だってことはみんな知ってる。こいつたいていヘラヘラ笑ってるけど、マジになると結構怖い。
「おまえに拒否権は無い」
けど丹生田の声の調子は変わらない。こいつはいつもそう。怒ってようが泣きそうだろうが嬉しかろうが、顔にも声にもほとんど出ないんだ。
「……それってどうなんだろうね? この労働量に見合ってるとは思えないんだけど?」
「俺は拒否権が無いと言った。おまえは否定しなかった」
「ふうん?」
姉崎の低い声が続き、俺はビビりながら二人を交互に見る。
うーあ、顔に出てないから気づかなかったけど、丹生田もイライラしてたんだー、とか思いつつ俺はびびる。
空気が冷え込んでるっつうか、めっちゃやばい雰囲気だよ?
百八十センチ、妙に力と迫力ある姉崎が冷めた目で見つめる先に、百九十超でがっしりの剣道部、無表情の丹生田。
俺もタッパだけはあるけど色々人並みだもんっ! 二人が喧嘩したら、ぜってー俺じゃ止めらんねえよっ!
「南の島かあ。いいな」
そこに聞こえた飄々 とした声、空気を読まない鈴木に救いを見いだし、俺は必死に声を合わせる。
「いいだろっ? 夢あるよなっ」
うん、とうなずいた鈴木がニカッと笑って「南じゃ無いけどおまえら、俺んち来る気ある?」と続けた。
俺はバッと立ち上がり、両手を拳にして「あるあるっ!」と叫ぶ。もうなんでもいいっ、て感じで言ったけど、ハッと気づいて俺も目が輝いた。
「つうかお前んちって北海道だろ? いいじゃん夏の北海道!」
「だろ? 実家が避暑地なの」
鈴木は二人の緊張なんて全く気にして無くて、いつも通り、のほほんとした感じ。
「近くに海水浴場あるし、山歩きもできる」
俺もつかのま忘れて「さいこー!!」とか言いながら雑巾片手にちょい踊る。
「湖もあるし、温泉だし」
「マジでっ!! おまえんちに温泉あんの?」
「俺んち旅館なんだよ」
「えーっ、マジかよー?」
鈴木はのんびりと「マジだよー」と答えた。俺は「すげえっ」と笑う。
うっわー愉快になってきたっ。
「じみーなトコだけどね。そんでもいいならさ、交通費そっちもちでうちに泊まらせてやれるけど。どうだい二人とも」
鈴木はあくまでほんわかした声でにこにこだ。姉崎も丹生田も、気の抜けたような顔になってる。なんかおかしくなって、俺はゲラゲラ笑った。
「ははっ、行こうよ北海道! モルジブよりむしろ楽しそうだぜっ!」
笑っちゃいながら丹生田の肩をバンバン叩く。丹生田は相変わらず表情変わんねえけど、怒ってもいない感じで呟いた。
「……藤枝が良いなら、俺はかまわない」
姉崎もへらっと笑いつつ言う。
「僕は要求を受け止めるだけだ。異存ないよ」
さっきその要求を受け止めかねたくせに、とかちょい思ったけど、それより楽しい気分が勝ってる。
「じゃあ行こうぜっ!! 鈴木んちってどんなだか興味ねえ?」
はしゃいだ声で言うと、二人ともそれぞれ違う顔だけど頷いた。
「じゃあ、決まりだね。親に言っておくよ」
「やったー!」
思わずはしゃいじまいながら、この空気読まない性格が生まれた環境について、どんな親がこういう性格を作ったんだ、と本人の目の前で問題提起した俺をよそに、「ねえ、鈴木?」姉崎は笑みを深めながら言った。
「交通費がナンとか言ってたけど、他にも提供すべき情報があるんじゃない?」
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