6 / 22

鈴木の提案

「あった、これこれ」  姉崎が突き出した紙を「サンキュ」と鈴木が受け取ると、さっき畳んだはがきが落ちた。床ふきを中断して、俺が拾う。やっぱり写真に目が釘付け。  行けるわけ無いよなあモルジブ、とか思いつつ、つい愚痴が出る。 「あ~あ、やっぱイイなあ、行きてーなー、海」 「海? なんだよ、そんな話してたの?」 「いや、藤枝が言ってただけ」  鈴木が問うと姉崎が紙を仕分けしながらぼそぼそ答えた。丹生田にちゃんとやるとか言ってたわりにやっぱ面倒そうだ。やっぱイラッとするなあコイツ。  いや! と頭を切り換える。そうだ楽しいこと考えよう! 「だーって行きてえもん。夏なのにどっこも行ってねえしさー。海いいじゃん? 山でもいいけど。はぁー、モルジブ良いなあ、南の島」  つい愚痴っぽくなりつつはがきをベッドに放り、床ふきに戻った。  夏休み、なんで帰省しねえの? とか聞かれたら「いつでも帰れるからだ」つってる。  全くの嘘じゃない。事実、俺の実家は近いしね。都内じゃ無いけどなんなら通える距離だもん。  けど本当の理由は丹生田が残ってるからなんだ。  丹生田の実家は今、みんなアメリカに行ってるんで帰省しないって聞いたからさ、なんとなく残ったんだ。だってなんか寂しそうじゃん? くそ暑い寮の部屋で一人になるとかさ。  でも夏らしいこともしたい。海とか山とか。  だって十九歳の夏はこれっきりなのにさ。  どこでもいいから丹生田と一緒に行きたいなあ。すんごく楽しいだろうなあ。  床ふきしながら、思わずため息が出た。 「……それにするか」  捨てる紙をまとめながら、丹生田が淡々と言った。「それって?」と姉崎が聞く。 「報酬だ」 「この掃除の?」  やる気なさそうに姉崎が聞くと、丹生田が言う。 「海に行こう。山でも良い。そうだな、藤枝」 「えっ」  俺? なんで? 思わず顔あげて丹生田を見ると、ちょい目を細めてる。分かりにくいけど、コレは丹生田の笑顔だ。  おお、と簡単に癒やされる俺。 「ベストはモルジブだ、スポンサー姉崎」 「はぁ? なにそれ」 「報酬に文句は言わないんだろう」 「限度ってモンがあるだろ。モルジブだって?」  姉崎の声が低くなった。これが危険信号だってことはみんな知ってる。こいつたいていヘラヘラ笑ってるけど、マジになると結構怖い。 「おまえに拒否権は無い」  けど丹生田の声の調子は変わらない。こいつはいつもそう。怒ってようが泣きそうだろうが嬉しかろうが、顔にも声にもほとんど出ないんだ。 「……それってどうなんだろうね? この労働量に見合ってるとは思えないんだけど?」 「俺は拒否権が無いと言った。おまえは否定しなかった」 「ふうん?」  姉崎の低い声が続き、俺はビビりながら二人を交互に見る。  うーあ、顔に出てないから気づかなかったけど、丹生田もイライラしてたんだー、とか思いつつ俺はびびる。  空気が冷え込んでるっつうか、めっちゃやばい雰囲気だよ?  百八十センチ、妙に力と迫力ある姉崎が冷めた目で見つめる先に、百九十超でがっしりの剣道部、無表情の丹生田。  俺もタッパだけはあるけど色々人並みだもんっ! 二人が喧嘩したら、ぜってー俺じゃ止めらんねえよっ! 「南の島かあ。いいな」  そこに聞こえた飄々(ひょうひょう)とした声、空気を読まない鈴木に救いを見いだし、俺は必死に声を合わせる。 「いいだろっ? 夢あるよなっ」  うん、とうなずいた鈴木がニカッと笑って「南じゃ無いけどおまえら、俺んち来る気ある?」と続けた。  俺はバッと立ち上がり、両手を拳にして「あるあるっ!」と叫ぶ。もうなんでもいいっ、て感じで言ったけど、ハッと気づいて俺も目が輝いた。 「つうかお前んちって北海道だろ? いいじゃん夏の北海道!」 「だろ? 実家が避暑地なの」  鈴木は二人の緊張なんて全く気にして無くて、いつも通り、のほほんとした感じ。 「近くに海水浴場あるし、山歩きもできる」  俺もつかのま忘れて「さいこー!!」とか言いながら雑巾片手にちょい踊る。 「湖もあるし、温泉だし」 「マジでっ!! おまえんちに温泉あんの?」 「俺んち旅館なんだよ」 「えーっ、マジかよー?」  鈴木はのんびりと「マジだよー」と答えた。俺は「すげえっ」と笑う。  うっわー愉快になってきたっ。 「じみーなトコだけどね。そんでもいいならさ、交通費そっちもちでうちに泊まらせてやれるけど。どうだい二人とも」  鈴木はあくまでほんわかした声でにこにこだ。姉崎も丹生田も、気の抜けたような顔になってる。なんかおかしくなって、俺はゲラゲラ笑った。 「ははっ、行こうよ北海道! モルジブよりむしろ楽しそうだぜっ!」  笑っちゃいながら丹生田の肩をバンバン叩く。丹生田は相変わらず表情変わんねえけど、怒ってもいない感じで呟いた。 「……藤枝が良いなら、俺はかまわない」  姉崎もへらっと笑いつつ言う。 「僕は要求を受け止めるだけだ。異存ないよ」  さっきその要求を受け止めかねたくせに、とかちょい思ったけど、それより楽しい気分が勝ってる。 「じゃあ行こうぜっ!! 鈴木んちってどんなだか興味ねえ?」  はしゃいだ声で言うと、二人ともそれぞれ違う顔だけど頷いた。 「じゃあ、決まりだね。親に言っておくよ」 「やったー!」  思わずはしゃいじまいながら、この空気読まない性格が生まれた環境について、どんな親がこういう性格を作ったんだ、と本人の目の前で問題提起した俺をよそに、「ねえ、鈴木?」姉崎は笑みを深めながら言った。 「交通費がナンとか言ってたけど、他にも提供すべき情報があるんじゃない?」

ともだちにシェアしよう!