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ドキドキハラハラのハロウィンナイト⑥
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通常よりも職場から帰る時間をいつもより早めにして自宅に到着し、真っ直ぐに物置へと入り込む。
あらかじめ準備しておいた衣装に着替えてカツラをしっかりと被り、紺色のリボンつきのカチューシャを頭に付けた。
衣装を身に着けるのはこれで3度目だけど、動くたびにふわりと布が揺れるせいで、ニーハイソックスの上がスカスカして、どうにも落ち着かない上に慣れない。スカートって、通気性がよすぎだな……。
スカスカする衣装を我慢しながら片手に鏡を持って、くちびるにピーチピンクのリップを塗った。
(あ、顔が一気に明るくなったように見える。ちょっとだけ女っぽくなった?)
リップを傍にある棚に置き、長い髪を耳にかける仕草をしてみる。
「……最初の頃よりは、見られる容姿になった。と思う」
相変わらず色っぽさは皆無だけど、らしさというか、そこはかとなく何かが醸し出されているような感じが、鏡から見えてきた。
女性の仕草を勉強しているうちに恥ずかしさは消え失せたし、堂々とこの格好でいられるのも、ひとえに大好きな穂高さんを誘惑するため――。
(俺の帰りを今か今かと待ちわびている愛しい人のために、すぐに帰ってあげるからね)
そんなことを考えながらしずしずと物置の扉を開閉し、しっかりと施錠して自宅の玄関前に向かう。
ここで一旦、深呼吸をしてからドキドキを抑えてっと。
そうして呼吸を整えて、いつもより静かに玄関の扉を開けて中に入り、靴を脱いできちんと並べた。
髪の毛を耳にかけて、ひらひらの真っ白いエプロンの裾を両手で掴み、しわを伸ばしてぴしっとする。まるで、デート前の女の子の気分かも。少しでも可愛いねって言われたいし。
「た、ただいま……」
居間に続く扉を開けながら、恥ずかしさを隠しきれない小さな声色で告げてしまった挨拶に、マズいと躊躇した瞬間だった。
いつものように扉の前に佇んでいた穂高さんが、呆然とした表情を浮かべて、一言も声を発することなくその場に立ち尽くす。
「ぁ、あのぅ。ただいま、です」
「…………」
「とっトリックオアトリート! お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうかも!」
くちびるに人差し指を当てて、ウインクしながら告げてみたのに、ずっと真顔をキープしたまま微動だにせず、ただじっと俺の顔を見つめた。
(想定外だ、この態度は。予想では、喜び勇んで飛びついてくると思っていたのに)
きっと呆れ果てて、何も言えないんだろう。ツッコミどころも分からないくらい、女装姿が酷いのかもしれないな。
「もう!! 驚かせようと思ってせっかく頑張ったのに、リアクションが全然ないのは辛いですよ。穂高さ――」
両手を腰に当てて短いスカートをわざとらしく揺らしながら、プリプリ怒った真似をして顔を見上げたとき、それに気がついた。
「穂高さん……。鼻血が出てます」
俺の言葉にハッとした顔をして、慌てて手の甲で拭う。穂高さんが鼻血を出してるとこを、はじめて見たかも。
「ちゃんと、ティッシュで拭かなきゃ駄目ですよ。綺麗にならないのに」
身を翻して、テーブルに置いてあるボックスティッシュのところまで歩こうとしたら、いきなり腕を掴まれてしまった。
「行かないでくれ、俺のアリス……」
「穂高さぁん、ちょっと落ち着きましょうか。鼻血がぽたぽた滴っていますから」
見るも無残なその様子は、笑いを誘う前に心配になってしまうもので――メイド服よりも、ナース服のほうが良かったのではないかと、内心考え込んでしまったのであった。
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