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恋色のバラに永遠の愛を誓って2

*** 「すっかり遅くなりましたね。あんなに長居をしたらお客さんだった場合、たくさんお金を払わなきゃならないんでしょ?」  スマホの時計を見ながら指摘してみたら、隣にいる穂高さんが小さく笑ったのが空気に乗って伝わってきた。 「ん……。長居をしてもらいつつ、ドリンクをたくさん呑んでもらわないといけないからね」 「だけど長居を感じさせない話の連続で、時間があっという間でした。やっぱりすごなぁ」  感嘆の声をあげる俺を乗せた車は、どこかに向かっているらしい。行き先を訊ねても、いちいち話を逸らすものだから、諦めて違う話題を喋った。  お店で俺たちの馴れ初めを喋らされるんだろうなと、一応覚悟していたのに、ソファに座った途端に始まったのは、土下座をした俺を称賛する言葉だったり、穂高さんが働いていた当時の話など、話題が次々と変わった。  そんな異様に盛り上がってる俺たちのテーブルに、お客様からの視線がチクチク感じるので思わず見返すと、必ずと言っていいほど、とある一点に視線が集中していた。  店内が薄暗い上に、一番奥側に座っているのにも関わらず、女性客の視線を独り占めしていた、赤いシャツを着ていた穂高さん。しかもちゃっかり指名が入っているのをトイレに行く道すがら、大倉さんが断っているのを聞いてしまった。 『申し訳ございません。本日彼は商談をしに来ていて――』  なぁんて言いながら断っているのに、何とかしてよってしつこく詰め寄るお客様がいた。  『なーんもしていないのに、いつもよりお客様が多いのはどうしてだ? そこにいるだけで客寄せパンダならぬ、客寄せ元ホストなんてさ。井上、超ムカつく!』  北条さんがややふざけ気味に言っていたけど、その様子は本当に心中複雑になった。彼の人気をこういう所で、改めて思い知る。カッコイイ穂高さんの恋人が、俺でいいのかなって。  そういう気持ちを悟られたくなくて、妙にはしゃいでしまった。穂高さんはそんな俺を、どんな気持ちで見ていたんだろうか。  そのときのことを思い出し、口を噤んで車窓を眺める。するとそこは、見慣れた景色が流れていた。 「ここって……」 「懐かしいだろ。はじめて千秋と、一緒に来た場所だね」  バイトが終わる俺を待ち伏せしていた穂高さんが、騙して連れて来た高台の中腹。エンジンを切りライトを消すと、辺りは真っ暗闇に包まれた。 「さて、と」  シートベルトを外し座席を下げるなり、さっさと車から降りてしまった穂高さん。彼を追いかけるべく、てきぱきとシートベルトを外して、いつものように開けようとしたのに――。 「あ、あれっ? 何で!?」  必死にドアハンドルを動かしても、まったく開く気配がない。これって、穂高さんの仕業じゃないだろうか。 「何にしても、どうしてこうもイタズラするんだ、あの人は」  肩を落としながら外にいる穂高さんを見たら、こちら側に背中を向けて、景色を楽しむかのように、気持ち良さそうな伸びをする。そのあとわざとらしくゆっくり振り返り、心底嬉しそうに微笑みかけた。 「……北条さんじゃないけど、超ムカつく!」  このままでいるのも癪なので、何とかして車から出てやろうと、運転席の足元に片足を入れるべく体勢を整えた途端に、運転席が開けられた。 「何をしているんだ、千秋。指定席から勝手に離脱しようなんて、ダメじゃないか」 「なっ!? 俺だって外に出たいのに、閉じ込めるなんて酷いです!」 「まったく。わかっていないね、君は。閉じ込めていたい、俺の気持ちを知らないんだから」  力ずくで俺の体を助手席に戻して車に乗り込み、素早くドアを閉める。ただでさえ狭い車内に、大柄な穂高さんが俺に跨った。 「わっ!? いっ、いきなりっ」  ウィーンという静かな電子音と一緒に、シートがゆっくりと倒され、焦る俺を他所に、目の前にある穂高さんの顔が近づく。 「ほ、だかさん?」  しっとりした唇が、頬にくちづけを落とした。  シートが全部倒れてから、両腕でぎゅっと体を抱きしめる。そしてどこか切なげなため息を漏らしながら、耳元に顔を寄せてきた。 「……千秋は知らないだろ。店にいるとき、お客様が君に視線を飛ばしていたなんて」 「なんで俺に? 隣にいた北条さんじゃ」 「違う。君にだよ、千秋。ピンクのバラを持って楽しそうに笑ってる顔、すごく綺麗だったからね。みんなが目を奪われていたよ」  ドキドキさせられたと付け加えたあと、首筋に舌を這わせてきたので、その動きを止めるべく、両手で頭を持ち上げた。 「何をするんだい? これからってときに」 「それは俺の台詞ですよ、穂高さん。俺なんかよりも、お客さんの視線を釘づけにしていたのは、どこの誰でしょうねぇ」 「俺は千秋のことしか見ていなかったから、全然わからないな」  とぼけた顔して視線をズラしても、嘘をついてるのが丸わかりだった。 「俺だって穂高さんを閉じ込めたいですよ。あんなふうに熱視線を送られてる姿、見たくはなかったです」  本音をぽろりと漏らしたら、バカだなと呟くように言い放って一旦体を起こし、ダッシュボードに置いてあるそれを手にした。 「レイン先輩が千秋にこのバラを手渡すのを見て、すごく妬けてしまった」 「えっ?」 「さすがは、ナンバーワンといったところだと思う。俺の好みをなぜだか熟知して、このブライダルピンクの品種を用意していた時点で、レイン先輩に直接復讐された気分に陥ったんだ」  ふたたび妬けたと告げた穂高さんのまなざしは、意味深にゆらゆら揺れていた。 「ブライダルピンクっていうんですか、このバラ」  目の前に差し出されたバラを受け取ると、穂高さんの口角が嬉しそうに上がる。 「みんなの手前、可愛い人と言ってみたが、本当は愛してるって意味もあるんだよ」 「ブライダルって言葉がついてるくらいですもんね」 「しかも1本だけっていうのにも、深い意味があってね――」  手に持っていたバラをひょいと奪い取り、なぜか俺の耳にかける。 「1本だけだから、特別な感じみたいなものでしょうか?」 「俺には君しかいない。って意味だよ」  ずばっと直球で告げられた言葉に、自分の頬が赤く染まっていくのがわかった。花の種類だけじゃなく本数にまで意味があるなんて花言葉、恐るべし! 「君の誕生日に99本のバラを贈ろうか。千秋を愛する気持ちは永遠に変わらないという想いを込めてあげるよ」 「そんなに贈られても、対処に困ってしまいます。大きな花瓶を買わなきゃいけないじゃないですか」 「だったらいっそのこと、999本贈ってあげよう。何度生まれ変わったとしても、あなたを愛しますという花言葉があってね。現実味のない本数を目の当たりにしたら、もしかしたら生まれ変わっても巡り逢う気がしないだろうか」  俺も教えてもらった花言葉を使って、穂高さんに想いを伝えたくなった。 「だったら俺は、穂高さんが着てる赤いシャツに負けないくらいの、綺麗な緋色のバラを1本あげるね」 「千秋、緋色のバラの花言葉の意味がわかっていて、わざと言ってるのだろうか?」  無言で首を横に振ったら、はーっと大きなため息をついた。 「緋色のバラの花言葉は、灼熱の恋や情事なんていう意味があるんだ。もしかして俺、千秋に求められてる?」 「やっ、そんな意味知らないですし」 「ここは俺の言葉にノってほしかったのに。残念」  口の達者な元ホストに責められると、対処にほとほと参ってしまう。  穂高さんは倒したシートをいい角度に調整して、俺のシートベルトをかけると、素早く運転席に乗り込んだ。 「まったく。これ以上、俺のハートに火をつけるなんてことをしたら、間違いなくヤケドをすると思うが、それでいいのかい?」  今夜は寝かせないからねと耳元で告げてからエンジンをスタートさせ、車が急発進する。シートに体がくっついちゃう勢いって、いったい……。  その後、家に着いてから甘い甘い夜を過ごした。バラの花言葉のお蔭で、とても甘いモノになったのは言うまでもなかった。  おしまい

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