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荷物の行方――(竜馬目線)

「竜馬くん、悪いんだけど受け持ちの集荷が終わったら、そのまま国道を上って、通りに面してるコンビニ3店舗の荷物の集荷、頼めないかな?」  帽子を被り直して会社を出ようとする俺の背中にかけられた声に、首を傾げながら振り返ってあげた。声の主は、電話受付のパートのおばさん。集荷を終えて会社に戻ってきたらいつも笑顔で出迎えてくれる上に、お菓子を戴いたりと結構お世話になっている人なんだ。 「国道沿いのコンビニ?」  言いながらおばさんのデスクに赴くと、ここなんだけどと説明するのに地図を見せてくれる。どこだろうとしっかり確認してみたら、以前働いていたコンビニも指定されたものの中に入っていた。 「竜馬、無理ならいいんだぜ。俺が行くし」  直属の上司小林さんが、気さくに声をかけてくれる。この人に面接をされてどうして大学を辞めたのかと訊ねられたとき、人間関係のいざこざがあり、疲れきって辞めたのだと説明してあった。  そういういきさつがあるので、わざわざ気を遣ってくれているんだろうな。 「大丈夫ですよ。今日はいつもより集荷の数が少ないし、コンビニ3店舗回るだけなんで、あっという間でしょう」 「助かるわ、ヨロシクね」  おばさんがコッソリ、俺の手に何かを握らせてくれた。薄くて細長いモノは、間違いなく板ガムだろうな。 「ありがとな、いってらっしゃい竜馬」  こうして爽やかに見送られ元気に会社を出発し、受け持ちの集荷を終わらせて、国道に面したコンビニをハシゴした。一番最後の集荷は、バイトしていたコンビニだった。  スムーズに駐車場に停車して、トラックから降りる。外から店の中を覗いてみたら、見知らぬ人がレジに立っていた。 「……昼間は大学があるから顔を合わせるハズがないって、頭で分かっているのにな。変に期待した俺って、やっぱりバカだ――」  逢わせる顔がないのに、逢いたいと願ってしまう。こんな事を考えるだけでも、ダメだというのに。  奥歯をぎゅっと噛みしめて被っていた帽子を目深に被り直してから、コンビ二のドアを開けた。 「いらっしゃいませ!」  元気な店員の声に、しっかりと頭を下げる。 「お疲れ様です。白猫運輸ですが、集荷に来ました!」  店内のお客様の邪魔にならないレジの端っこに向かい、集荷する荷物を無事に受け取った。さっきのコンビニよりも数が少ないので、そのまま両手で持ち帰れそうだ。 「一番下にあるダンボールは壊れ物注意になってますので、ヨロシクお願いします」  指定されたダンボールの上に、小さな紙袋の荷物が2つ載せられている状態で受け取り、外に止めてあるトラックに急いで戻った。 「あとは戻るだけだし、このまま助手席に載せてやるか。よいしょっと」  ダンボールもそこまで大きなものじゃなかったので座席に載せてから、紙袋の荷物も荷崩れが起きないように、ダンボールの横に丁寧に並べてやった。  そのとき目に飛び込んできた、ダンボールの送り状の名前――。 「!!」  心臓が一気に駆け出していく。クラクラと眩暈を起こしそうになり、慌てて運転席に乗り込んだ。ぎゅっと目を閉じてドキドキをやり過ごす。だけど一向に動悸が治まらない。  頭の中に送り状の名前、『井上穂高』という文字がずっとチラついてしまい、消え去ってくれなかった。  乱れた呼吸のまま震える手でダンボールを引き寄せて、差出人の名前を見てみる。 「うっ……。アキさん――」  そこには逢いたくて堪らない、愛しい人の名前が書いてあった。  誰かの事を思い出し、少しだけ口元に笑みを湛えながら遠くを見る横顔が、マブタの裏に写り込む。そんな横顔でも傍で見ていられるだけで幸せで、素直に愛おしいと思えたし、とても好きだった――。 『紺野千秋』と書いてある部分を、ゆっくり人差し指でなぞってみる。角をきっちりとって丁寧に書かれている文字に、アキさんの性格が表れていた。 「箱の中身はお菓子と衣類か。時期的にバレンタインだし、チョコが入っているんだろうな」  ワレモノ注意のラベルが荷物の大切さを示していて、余計に胸がシクシクと痛む。たかがチョコなのに、こんな風に厳重にしなくたっていいじゃないか。  ……俺から見たらただのチョコになるけど、アキさんは違うんだよな。遠く離れた恋人のために買った、大事なチョコなんだから。しかも北海道という寒い所に住んでいるからと、衣類を付けたに違いない。 「優しいから、アキさんは。こんな俺に対しても、最後まで優しく……してくれたし」  小さなダンボールを、両腕でぎゅっと抱きしめた。  俺の出来ること、それは――アキさんの気持ちが込められた荷物を、無事に井上さんへ届けるということだ。  俺自身が直接、井上さんに届けるワケじゃないけど、関わった以上は丁寧に荷物を扱って、きちんと取次店に届けたい。 「それがアキさんの喜びに、きっと繋がるから」  嬉しそうな顔は見られないけど想像はできる。罪滅ぼしには程遠いことかもしれないけれど、それでも――。  抱きしめていたダンボールを助手席にそっと置き、シートベルトをかけてあげた。エンジンを始動してサイドミラーで安全を確認後、アクセルを踏み込んだ。  バレンタインのチョコレートをアキさんから貰うことも俺からあげることも、絶対にないけど、こうやってアナタが作った荷物に携わることができて、すっごく嬉しいです。  アキさんが相手を思い遣る気持ちが勝手にだけど伝わったお陰で、心がポカポカした気分になれました。 「そんな風に大切に想うことができる相手に、俺もめぐり逢いたいな」  晴れ晴れとした気分で右ウインカーを出し、車と歩行者がいない事を確認してから、勢い良く曲がる。いつもは車通りの多い国道なのに、スムーズに右折ができるなんて珍しい。 「少しでも早く荷物を届けたいっていう気持ちが、道路事情を何とかしていたりして」  なんていう冗談が言えるくらい、不思議と心が軽やかだった。最初の混乱が、ウソのように晴れやかだ。  そんな気持ちにさせてくれた井上さんとアキさんに、もっともっと幸せになって欲しいから、真心を込めて荷物を贈ります。  ――どうか末長くお幸せに――

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