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1.平穏を望むA君の騒がしき日常

県内では悪童の吹き溜まりと言われるお馬鹿高校、御園中央(みそのちゅうおう)学園。通称”園中(そのちゅう)”。 この学園は、中学で『どこの高校にも進学出来ない』とお墨付きをもらった問題児が集まる男子高である。 頭は良いが素行が悪い者、素行は良いが頭が悪い者、病弱で出席日数が足りず普通高校へ行けなかった者、中には、学費がずば抜けて安い為に家の都合で来た者もいる。 この学校に来た生徒の理由は、ほぼその4つにしぼられる。 だが稀に、その4つの内のどれにも当てはまらない者もいる。 久世愛唯(くぜあい) 174センチの身長に細身の体躯。色素が薄く、色白で天然茶髪。 すっきりした二重の目元と甘い顔立ちで、中学時代は女子にモテまくり。彼女の存在を切らした事などないと言ってもいい。 頭も悪くなく、校内では特別素行が悪い訳でもない(校外での行動は秘密)、もちろん家が貧乏でもない。 どう考えても他のまともな学校へ行けたはずの愛唯が、何故わざわざ女子もいないこんな掃き溜まりの男子校を選んだのか。 理由はいたって単純。 ”自由な校則っていいよね” ただそれだけだった…。 「愛唯ちゃ~ん、相変わらず美人だね~」 「ありがとー」 「愛唯ちゃ~ん、今度()らせて~」 「その前に今すぐ()らせろー」 「愛唯ちゃ~ん」 「うるせぇよ」 緩く楽な生活をする為にこの学校を選んだのに、入学してから一年たった今ではこのありさま。廊下を歩くだけでこの始末。 すぐに怒りだしたり泣きだしたりする女の子相手と違って気は楽だけど、鬱陶しい事この上ない。おまけに暑苦しい。むさくるしい。 女っぽくはないが、でも男くさくもない容姿のせいで、気づけばアイドル扱い。恐るべし男子校の威力。 同級生はおろか、先輩からも弄られまくりの構われまくり。そして後輩からは慕われる。 もちろん中には、そんな俺の事が気にいらないと言っている奴らもいる。当たり前だ。 でもまぁ、なんでもいいけど、とにかく全員に言いたい事は一つ。 「俺の事は放っておいてねー」 ただそれだけ。 簡単だろ?なのにどうしてみんな言う事を聞いてくれないのか。本当に不思議。 昼休みくらい、透明人間になって静かに過ごしてみたいものだ。 「お前、いい気になってんなよ」 「ちょっと名が知られてるからって態度でかくしやがって、ウザいんだよ」 ほら来た。アンチ俺派。ウザ!って言いたいのはこっちの方だ。 軽く無視して通り過ぎたいのに、でかい図体の男二人が目の前に立ちはだかったら立ち止まるしかない。 ホントになんなんだろね? 「いい気にもなってないし、普通にしてるつもりですよ俺は。っていうか、名が知られていようがなんだろうが、そんなんどうでもいいの、マジで。俺は俺、他人は他人。周りが何を言ってたって関係ないでしょ?名を売ろうとも思ってないし、売れたいとも思ってません。はい邪魔邪魔~」 溜息混じりに言い返せば、二人の顔が怒りで真っ赤に染まった。 まるで子猿チャン。 学ランのボタンが緑金色なのを見れば明らかに3年の先輩で、体格は俺よりいいけど、態度は子猿そのもの。キーキーうるさいよ。 その子猿の片方が、突然学ランの胸倉を掴んできた。 もちろん前は全開の状態で着ているから、掴まれたのは右側の襟元だけ。 あ~ぁ、皺になったらどうしてくれんだよ。 おまけに顔近いし。何これ。キスでもするつもりか?鬱陶しい。 「馬鹿にすんのもいい加減にしろよテメェ!」 …だから、誰も馬鹿にしてるなんて言ってないでしょうよ。 見ず知らずの他人の事なんてどうとも思ってないって言ってんのに、全く聞いてないなこの人。本当に鬱陶しいったらない。 言葉で通じないなら、もう仕方がないよね。 「俺がアンタらに何かしましたか、先輩。勝手な思い込みで喧嘩売ってくるのやめてもらえます?まぁ売られた喧嘩は買いますけどね、きっちり消費税込みで。なんだったら輸入物として通関料その他諸々まで全部含めてもいいですけど」 淡々とした口調で言いながら、襟元にある相手の手首を遠慮なく掴んで捻った。 途端に呻き声を上げる子猿チャン。 そんな事にはお構いなく、掴んだ手首を内側に向かって捻る捻る捻る…。 自然と学ランから手が離れた。 皺になってなさそうなのは幸い。大事な制服に皺が寄った日にはもう、恥ずかしくて外も歩けないよ。 「ふざけんな!手ぇ離しやがれ!!」 腕がおかしな方向に曲がっているせいで、足元をよろめかせている子猿A。 人間って、外側に向かう力に対しては抵抗強いけど、内側にかかる力には弱いんだよねー。 自分の弱点を相手に突かれないようにする事が、勝つセオリーの一つ。 そんな事も知らないようじゃ、このひと強がってるだけの単なる一般人だな。 ちなみに子猿Bの姿はもうない。 逃げ足の速さも凄いけど、友達置いて自分だけ逃げるってのもどうだよ。俺は嫌いだね、そういうの。 「先輩、お友達逃げちゃいましたけど、まだやりますー?」 「は!?……あ…のヤロウ…」 背後を振り返り、さっきまでそこにいたはずの子猿Bの姿が消えている事に気がついた子猿Aは、毛穴から血を出しちゃうんじゃないだろうかという程に顔を赤く染めた。 今度は俺に対する怒りじゃなくて、仲間に対する怒りで。 この様子だと、今日はもうこれ以上グダグダ言ってくる事はないだろう。 相手の腕から手を離すと、俺が握っていた部分がしっかり赤くなっていた。 変な方向へ曲げられていた為に、関節が痛いらしい。俺を睨みながらも肘を擦っている。ちょっと間抜け。 「それじゃ先輩、さよーなら」 片手はポケットに、もう片方の手を後ろ手にヒラヒラ振りながら歩き出した。 あー、これでようやくご飯が食べられる。 障害物をやり過ごして辿り着いた先の食堂は、いつもと変わらず騒がしい。 あ、しまった。あんな子猿共に付き合ってたせいで、本日のA定食が売り切れてる。 目の前には、オムライスと本日のA定食に赤いランプが点いている食券機。 …こんな事なら殴っておけば良かった…。 今更になって殺意が湧く。食べ物の恨みは恐ろしいんだよ、ホントに。 「あー、どうすっかなー」 「なに悩んでるの、愛唯さん」 「あれ?志津ちゃんじゃないの」 食券機の順番待ちで後ろに誰かが並んでいたのは気付いていた。でもまさか志津ちゃんだったとは。 振り向いた背後には、俺より少しだけ背の高いチャラ男が立っていた。 相変わらず茶髪をホストのようにフワリと立たせ、印象的な猫目がニヤニヤと笑みを浮かべている。まだ四月だってのに、もう半袖シャツしか着ていない。ちなみにワイシャツの前は全開で中に濃紫のタンクトップ。 これで外を歩いても寒くないなんて、若いのね志津ちゃん。さすが一年生。 志津奏(しづかなで)は、つい2週間前に入学してきたばかり。でも、中学の時から知り合いだったから、今更後輩とか先輩という垣根はない。気の合う夜遊び友達だ。 「変な子猿さんに絡まれてる間にA定が売り切れた。もう最悪」 「愛唯さんA定食べたかったの?今カウンターで待ってる奴の中にA定待ちの奴がいたら、取ってこようか?」 ニコニコと可愛い笑顔で悪どい事を言う志津ちゃん。 溜息を吐きながら頭をグシャグシャ撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めた。今にもゴロゴロと喉が鳴りそうな笑顔。 これだから可愛くてなんでも許しちゃうんだよ。恐るべし志津マジック。 「しょうがないから今日はカレー」 「いつも思うけど愛唯さんって優しいよね。俺だったら欲しいものは奪っちゃうのに」 そうか、俺って優しいんだ。知らなかった。 …いや違うだろ。 自分で自分にツッコミを入れている俺の胸の内なんて知らないだろう志津ちゃんは、 「やったね。今日は愛唯さんとお昼だお昼だ」 妙なメロディで歌うように言いながら、エビピラフの食券を買っていた。あとで一口貰おう。 俺のカレーはあげないけどね

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