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2.他人の喧嘩は他人のモノ

金曜日の夜の繁華街は、いったいキミ達どこから湧いて出てきたの?と聞きたいくらいに人が増える。 平日夜の2倍にはなると思う。 人が増えるイコール問題も増える。これは当たり前のこと。前方に見える人だかりが、それを証明している。何やってんのかなんて見なくてもわかる。喧嘩だ。怒声まで聞こえる。 「テメェぶっ殺すぞ!!」 「舐めた事言ってんな!」 あ~ぁ、馬鹿だねぇ。よりにもよってここで喧嘩しなくても…。 着ている黒のパーカーのポケットに両手を入れたまま、のらりくらりと人だかりの横を通り抜ける。ここって(まき)さんの管轄だったよな。なんて思いながら。 「あー!そこにいるの愛唯さんじゃないっすか?」 「……」 違います違います。 人だかりの中から聞こえた呼び声に耳を塞ぎ、歩く速度を早めて遠ざかる。 …のは無理だったようで…。 人だかりを過ぎたか過ぎなかったか…くらいの所で、誰かに肩を叩かれた。 「やっぱり愛唯さんじゃん!なんでそんな嫌そうな顔してんすか!」 「この顔はデフォルトでこうだから」 そう言ったらギャハギャハと爆笑された。 本当に面倒くさい子につかまっちゃったよ。嫌そうな顔にもなるって。 背後から声をかけてきたコイツ。ター君。本名その他は全て不明。っていうかあえて聞いたことがないだけ。 俺とほぼ同じ身長で、細身の俺より更に細いのはいつまでたっても変わらず。金の短髪をワックスでツンツンに立てて、これで色が紫だったら確実にウニだ。 顔のパーツが全て切れ長…というか細いせいで、なんとなく爬虫類っぽい。 「なんの用?ター君。俺忙しいの」 「そんな冷たい事言わないで、あの騒ぎを止めて下さいよ」 斜め後ろの人だかりを親指で示すター君。 予想通りの展開。だからイヤだったんだよ。なんで俺がそんな面倒くさい事をしなきゃならないの。 「あのね、ター君。他人様の喧嘩は他人様のモノなんだよ。俺のモノじゃないの。よって、俺が始末をつける義理も権利もないわけ」 肩を竦めてそう言えば、ター君の顔が泣きそうになった。 あ、ヤバイ。ター君が泣いたら始末におえない。 「…だって…、槇さんにバレたらヤバイっすよ。俺、喧嘩弱いから止められないし」 あー、そうね。ター君はその見かけどおり力無いもんね。どっちかっていうとパソコンおたくで頭脳派だもんね。ター君が頭脳派だなんて、ホント人は見かけによらない。 ウルウルとした上目遣いの眼差し。小さくないのに小動物っぽい感じ。可愛くはないけどね。 で、どうすんのコレ。 チラリと背後を振り返れば、件の二人はまだ殴り合いをしている様子。 放っておけば二人とも勝手に力尽きて沈むんじゃない? って言いたかったけど、このままだと槇さんが来ちゃうのも事実。 ター君は泣きそうになってるし、槇さん来ちゃったら本当に面倒くさいし。 あー、もう仕方がないな。 本日最大の溜息を吐きだせば、その意味がわかったのか、ター君の顔がパーっと明るく輝いた。 さっきまでの顔は、フェイク、嘘、泣き真似、だったわけね。成長したよ、うん、いらぬ部分で。 前はこんな小細工をする子じゃなかったのに。誰のせいだよ。 「愛唯さんヨロシクッ」 「ハイハイ」 ポケットから手を出してヒラヒラと振る。ター君の瞳は期待でキラキラ。 参ったね、ホントに。 「ちょっと通してねー」 そんな言葉をかけながら人混みを突き進み中央に辿り着いてみると、明らかにどう見ても一般人のお兄さん二人が、互いに口端から血を滲ませて向かいあっていた。 そんな所殴ったって、よほど力がない限り倒せるわけないって。頬じゃなくて、せめて顎先狙いなさい。 20歳前後の男が二人。きっとお巡りさんに目を付けられた事なんてないだろう人達なのに、何を間違ってこんな場所で殴り合いになったんだろうね。 まぁどうでもいいけど。 周囲の野次馬と男達の間には、2メートル程の距離が出来ている。 突然そこに現れた見知らぬ少年が1人(俺)。そりゃ驚くよ。 お兄さん達と野次馬の視線が一気に俺に向かってきた。 あ~ぁ、目立ってるし。最悪だね、ター君。これは後で何か奢ってもらわないと。 「なんだよお前は!」 「関係ない奴は引っ込んでろ!!」 俺を見た途端、二人が同時に吠えたてる。 野次馬達は、新たに登場した火種(俺)に興味深々。 さて、どうしようか。 二人の横に立って腕を組み、休めのポーズ。 そんな俺の何が気に食わないのか、お兄さん達はジリジリと体の向きを変えた。これは俺に一戦挑むつもりなのかな。っていうか、そういう体勢だし。 「っんだよその生意気な態度は!!」 「馬鹿にした目付きしやがって!!」 いや、俺何もしてないんだけど…。 ちょっとびっくりして目をパチパチ。 どうやらお兄さん達はそれすらも気に入らなかったらしく、拳をグッと握り締めた。 お、やる気だね。 と、思った瞬間。 「愛唯?こんなとこで何やってんだよお前」 またどこかで聞いた事のある声がかけられた。 これはあれだ、(たちばな)さんだ。槇さんの相棒の。 人混みから姿を現したのは、180センチはあるだろう長身に厚みのある体躯を持つ、槇さんの同級生、橘さんだった。 肌色は褐色で、背中まである黒い髪を後ろでポニーテールにしている。 顔立ちも濃いから、ちょっとインディアンっぽい。これで高三だなんて詐欺だ。 なんて事を会ったばかりの時に言った時は、「失礼すぎる」って爆笑された。 槇さんの相棒。そんな大物の登場に、野次馬達から呻き声が上がる。 喧嘩をしている当人二人は一般人だけど、それを見ている野次馬達はほとんどが夜の街で遊んでいる奴らだ。さすがに橘さんの事は知っているんだろう。 「橘さんこそ、1人?」 「あぁ、槇のところに行く途中」 「へぇ…」 ちょうど良かったのか良くなかったのかわからないタイミング。 どうしようかな。 チラリとお兄さん達を振り向くと、橘さんの存在感に圧倒されたのか、ピクリとも動かずに固まっていた。 …笑える…。 「なんだこいつら。…愛唯、何かされたのか?」 橘さんに睨みつけられた二人は、ビクリと体を震わせて顔を引き攣らせた。ようやく自分達がヤバイ場所で騒ぎを起こしたのだとわかったようだ。 「違うよ橘さん。この二人が喧嘩してたから止めに入ろうとしてただけ」 「お前が?事無かれ主義なのに珍しい事もあるもんだ」 「違うよ橘さん。ター君に頼まれたの」 「あぁ…」 状況に納得したのか、短く舌打ちをした橘さんは、お兄さん二人を睨みつけ、 「散れ」 一言鋭く言い放った。 途端に、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す二人。…いや、見物人も全員走りだしちゃったよ。おー、みんな足早いね。 誰もいなくなったし、喧嘩も終了したって事で、これにて一見落着。めでたしめでたし。 「ちょうどいいから、お前も一緒に槇のとこ行こうぜ」 全然めでたくないわ。何このヤブヘビ状態。 橘さんの太い腕に肩を抱かれ、並んで歩き出す。 あーぁ、覚えてろよター君。これ全部キミのせいだよ。

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