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3.ボスその1登場

繁華街のど真ん中。地下一階にその店はあった。 ダーツBAR『キール』 ここはあれだよ、槇さんのお気に入りしか入れないって事で有名なダーツBARだ。 入った事がない奴にしてみれば、ここに入れる事は一種のステータスになっているようで、羨ましがられたり妬まれたりする。 俺にしてみればどうでもいい事なのに、やっぱり人間ってみんな同じ感覚じゃないんだね。 「愛唯、眉間に皺が寄ってる」 「え、嘘。…やだなー、心情が表に出ちゃうなんて、俺もまだまだだね」 言外に、ここに入るのは不本意です、と伝えたら、橘さんは楽しそうに笑った。 キールの扉番をしていた少年二人は、そんな橘さんを見て驚いている。 後で知った事だけど、本来、橘さんはあまり笑う人じゃないらしい。俺的には、この人は笑い上戸の部類に入ると思うんだけどね。 やっぱり色々と人間って違うもんだ。面白いっていうか面倒くさいっていうか。 まぁなんでもいいけど。 深い溜息を吐きながら地下への階段を下り、橘さんの後に続いてドアを潜ると、途端にアップテンポの音楽が聞こえてきた。 暗いのか明るいのかわからない照明に照らされた店内には、カウンターに座る者、ボックス席のソファに座る者、ダーツをして楽しんでいる者、様々な人がいる。 もちろん橘さんが向かう先はただ一つ。一番奥のボックス席に座る槇さんのところだ。 えー、俺も一緒に行かなきゃダメなわけ?槇さんの事は嫌いじゃないけど、一度捉まるとなかなか離してもらえなくなるから面倒くさい。 まぁ楽しいし、槇さんって格好良くて目の保養になるからいいけど、帰してもらえなかったら最悪。 どうしてやろうかな、ター君の奴…。 そうこうしている内に、前を歩いていた橘さんが立ち止まる。 自分の考えに没頭していたから気付かなかったけど、視線を上げれば周囲から物っ凄い注目を浴びている事に気がついた。 「穴開きそう」 ボソリと呟くと、それが聞こえたのかまた橘さんが笑う。楽しそうでいいね。 俺なんて、橘さんの体の向こう側に見える大ボス“槇さん”が、ジーっとこっちを凝視している視線が痛くて笑えないよ。 座っているからわかりづらいけど、180近くある長身と、相変わらずの真っ赤なロングウルフの髪型をした男前。槇さん。 赤い特攻隊長とか赤い破壊魔とか呼びたいくらいに喧嘩っ早い人。 俺の視線に気がつくやいなや、槇さんは、それまで自分の左右に座っていた少年二人を思いっきり足蹴りにしてソファから蹴り落とし、空いたスペースを顎先で示してきた。 横に来い、と、そういう事ね。 っていうか、今ので確実にアンチ俺派が二人も増えちゃったよ。どうしてくれんのホントに。 参ったなーとぶつくさ言いながらも、橘さんの背後から移動して槇さんの横に座る。途端に肩に回される腕。引き寄せられる体。 …槇さん、相変わらず距離が近い。 なんだかなーと思いつつも、槇さんの前に置かれていたグラスを手に取った。 あ、ジントニックだ。 喉が渇いていたから飲んでみたものの、ジントニックではあまり喉は潤わない。せめてライムも入れてほしかった。 残念な気持ちのまま、空になったグラスをテーブルの上に戻して顔を上げる。 「…な…に?」 同じボックス席(槇さんの正面)に座っていた見知らぬ二人の少年が、俺の事をガン見していた。顔に張り付いているのは“驚愕”の二文字。 なになに、何かあった? 周りをキョロキョロ見渡すと、やっぱり橘さんが笑う。 「槇のグラスに勝手に手ぇ出せるなんて、お前だけだよマジで」 「へ?」 吐息さえぶつかりそうな近距離にいる隣の人をチラリと横眼で伺えば、何を気にしてる、とでも言いたそうに鼻先でフッと笑い飛ばされた。 なんだかな。 よくわからないままソファの背もたれに寄りかかると、それまで肩に回されていた槇さんの腕がモゾモゾ動き、腰に移動してきた。 今度は腰抱き。まぁいつもの事だから別に今更気にしないけど。 槇さんを挟んで俺とは逆側に座った橘さんが、指先をチョイチョイ動かして誰かを呼びだしている。 その間に、正面のソファに座ってさっきから俺の事をガン見している少年二人を改めて見てみた。 うん、夜の繁華街でよく見るタイプだね。おんなじような茶髪に、おんなじような今風の格好。 でも、今まで槇さんの近くで見た事がない顔だから、ここのチームのメンバーじゃない事はわかる。 …でもどこかで見たような…。 顎先に指を当てて考え込んでいると、俺の目の前にコトリと小さな音をたててグラスが置かれた。 見れば、さっきまでカウンターの中にいた人が去っていく後ろ姿があった。 「ジンライム好きだろ?」 そんな橘さんの前には、赤い液体の飲み物が置かれている。たぶんレッドアイだ。 いつの間にか俺の好みを知っていて頼んでくれた橘さんに礼を言った瞬間、突然脳裏に閃いた。 「あー思いだした。苓ちゃんとこのメンバーだ」 そうそう、目の前の少年二人。どこかで見た事があると思ったら、隣の区を仕切っている大ボス、(れい)ちゃんのチームの人だ。 俺の言葉に、二人は顔を引き攣らせた。顔面神経痛になりそうなくらいだけど、大丈夫なんだろうか。 それにしても、苓ちゃんの名前を出した途端にこんな反応するなんて、ここに来てる事を苓ちゃんに知られたらヤバイって感じ? …へぇー…。 思わず顔がニヤける。 そしてそれは、周囲の人間には悪魔の微笑みに見えたらしい、と後で橘さんが言っていた。失礼な。 なんとなく面白くなりそうな状況に、目の前の二人をジーっと凝視していると、突然顎先に指がかかりグイッと動かされた。 「…槇さん、痛いんだけど」 強引に振り向かせられた事に不満を露わにし、顎先にかかった手をペシッと叩き落とす。途端に何故か、苓ちゃんところの二人が呻いたような声を上げた。 「お前まだアイツのところに顔出してんのか」 「アイツって苓ちゃんの事?」 あれ、何その不機嫌な顔。確かに槇さんと苓ちゃんって犬猿の仲だけど、それは俺に関係ないよね?槇さんの独占欲に付き合う義理は、俺にはないと思うけど。 俺は俺のものであって、誰かに所有されるなんて真っ平ゴメンだ。 「槇さんと苓ちゃんが仲悪いからって、俺まで仲悪くなる必要はないし」 言いながら、腰に回された槇さんの腕からスルリと抜けだし、ソファから立ち上がった。 「槇さんの事も好きだし、苓ちゃんの事も好き。だから二人と仲良くする、それが俺。いい加減そこのところをわかってほしいね」 その場から歩き出すと、槇さんが「おい」と呼びとめてきたけれど、ここは止まるべきじゃないでしょ。遠慮なく帰りますよ、俺は。 横を通り過ぎる時に見下ろした苓ちゃんところの少年二人は、物凄く気まずそうに俺から視線を外した。 なんだかねぇ…。自分の足場は自分でしっかり固めておかないと、揺らいだ瞬間下に落ちるよ。 そんな親切な忠告はしてやらないけれど、とりあえず心の中で呟いた。

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