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4.アンタ誰?

キーンコーンカーンコーン 昼休み到来を告げるチャイムが鳴り響いた途端、みんな一斉に立ち上がって教室から飛び出していく。 目的地は購買か食堂。 4時限目の担当だった世界史の教師(高橋)よりも早く出ていく。 高橋が教室を出る頃には、既に室内には数人の生徒しか残っていなかった。 みんなどれだけ飢えてんの。 椅子に横向きに座り、背後の窓ガラスに寄りかかってそんな教室内を眺めている俺。 そしてそんな俺を眺めている奴が1人。 …って…え? なんであの人、俺の事見てんの? 教室前方の開いているドアに寄りかかって、こっちをジーっと凝視している見知らぬ生徒。 これにはさすがに驚いた。 いや、だってあんな人知らないし。なんで見られてるんでしょうか。 俺的に用はないから、とりあえず黙って見返す。 よく見れば、結構な男前。黒い短髪に切れ長の鋭い目。身長は…、槇さんくらいあるかな。細身に見えるけど、たぶんあれは脱いだら凄いんです系だね、絶対。 制服の上からでも、身体が引き締まっているだろう事がわかる。 …っていうか、なんで何も言わないんだ、この人。さすがに居心地が悪い。 廊下を通り過ぎていく他の奴が、時折不思議そうに俺たちの様子を見ていくのがわかるだけに、居心地の悪さ全開。 それともあれか?俺の自意識過剰で、実は俺を見てるわけじゃないって? そうかそうかと納得すれば、途端にグーっと腹が鳴る。 やばい、今日もA定売り切れてたらどうしよう。 脳裏に、『欲しいものは奪え』という悪どい志津ちゃんの言葉が浮かんだけれど、それをなんとか理性で振り切った。 やっぱりダメでしょう。他人様の物を奪っちゃね。 尻ポケットに財布が入っている事を確かめ、席を立った。そして後ろ側のドアから廊下に出る。 「…っと…なんだよ。…って、あれ?」 廊下を出た途端、真正面でぶつかってしまった誰か。 半歩下がって顔を上げれば、ちょっとビックリ。さっき前側のドアにいた人。 わざわざ移動してきたんだ。…へぇ…ご苦労さま。 って事で、関係のない俺は行かせてもらうよ。 そいつの横をすり抜けて、改めて廊下へ。 「………あの…、なんで俺の邪魔するの?」 またもやそいつが横に移動して、俺の進路を塞いだ。 何これ。嫌がらせ? さすがに温厚な俺もイラッとする。 眇めた眼差しを向けながら、握った拳の甲でトンっと軽く相手の胸元を叩いた。 「邪魔。どいてくれる?」 「………」 無表情のそいつは、それでも何も言わずに俺を見下ろしてくるだけ。 なんだよ本当に。 こういう真似されると、面倒くさいけど素を出してしまいそうになる。人畜無害の羊さんの皮が、頭の上からベロっと剥がれ落ちそう。ヤバイヤバイ。 それに、どう考えてもこのままだと埒が明かない。 そう思ったところで、不意に目に入った物。それは目の前の奴が着ている学ランのボタン。青金色。 「…一年のくせに俺よりでかいって、ムカツク…」 ボソッと呟けば、そこでやっと後輩君の表情が動いた。 …って言っても、目を瞬かせただけだけどね。なんか困ってる感じが伝わってくる。 そういう表情をすると、ちょっとだけ可愛い。なんだこの生き物 とりあえず片手を出してみた。 「お手」 ポン 躊躇いもなく俺の手の平に乗せられた相手の片手。 「おかわり」 ポン またしても乗せられた逆側の手。 ………犬? もう一度顔を見上げれば、無表情の中にも、どこか嬉しそうな表情が見て取れる。 これは危険だ。頭を撫でてやりたい。 「今からご飯食べに行くけど、お前も一緒に行く?」 そう聞けば、即座に頷く。そして、ようやく目の前から退いてくれた。 食堂に向かって歩き出せば、一歩後ろを着いてくる大型犬が一匹。 なんだかよくわからないけど、まぁいいか。 待ってろよA定食。今日こそ俺が食べてやる。

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