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5.犬と友と友の友
あー、気持ちがいいね。午後の屋上は。
特に、授業をサボって屋上から見る空は、いつもより格段に青く見える。
こんな事してても怒られないなんて、やっぱりここの自由な校風っていいよね。
「愛唯さん」
「ん、なに」
「コレ、なに?」
「コレって、どれ?」
寝転がっていた状態から顔だけ横に向ければ、志津ちゃんが犬君 を指差していた。
一昨日の昼休みに突然出没した犬君は、何故かそれ以降俺の後ろを着いて歩くようになった。
「あー、彼は犬君」
「へ?犬君?」
そう言ってマジマジと犬君を見つめているけれど、犬君は我関せず。俺の事しか見てない。
なんだかなー。
いや、その前に誤解を解いておかなければ。
「犬君って本名じゃないからね」
「いくらなんでもそれはわかるけど。なんで愛唯さんは犬君って呼んでるの?」
「名前知らないから」
「………」
志津ちゃんが黙り込んだ。
え、なに?何その微妙な表情は。だってしょうがないじゃん。名前を呼ぶ機会がなかったから聞くタイミングもなかったんだって。
あーぁ、思いっきり溜息まで吐いてくれちゃって。
と思ったら、ビックリ。志津ちゃんは犬君の事を知っていた。
良く考えたら、志津ちゃんと犬君ってタメだ。知っていてもおかしくない。
「あのね愛唯さん。コレ、大樹 って名前」
「大樹?」
俺が名前を口にした瞬間、犬君、もとい大樹がピクっと反応を示した。さっきよりも更に凝視するように俺の事を見つめだす。いつか顔に穴が開いちゃうんじゃないかなこれ。
名前を呼ばれて喜んでいるようにも見えるけど…、よくわからない。
「…もしかして愛唯さんって、大樹さんの噂すら知らなかったりして…」
そこで突然、それまで黙っていたもう一人が言葉を発した。志津ちゃんの横に座っている小柄な子。目をパチクリさせて、まるでリス。
そういえばさっき志津ちゃんが、俺の隣の席の子でーす、って言ってた気がする。
それにしても、大樹の噂ってなに?
よいしょっと上半身を起こして首を傾げると、志津ちゃんのリス友は困ったように眉をハの字にした。そして志津ちゃんに助けを求める視線を送る。
「あ~、基本的に愛唯さんって他人に興味ないから仕方がないよ」
肩を竦めた志津ちゃんは、次に大樹を親指で指し示し、簡単な説明をしてくれた。
「あのね愛唯さん。この大樹って、園中の中でもかなり有名で、怖くて誰も近づかないの」
「怖い?…誰が?」
「大樹が」
「………」
横を見ると、無口で無表情だが人懐っこい大型犬が一匹。
…怖い…?
不思議そうに志津ちゃんを見ると、ヘラリといつもの緩い笑みが返される。
「まぁ愛唯さん程じゃないけどかなり有名でね。無口無表情、誰が話しかけてもひたすら無視のあげくに、あまりしつこくすると何の前触れもなく拳か蹴りが飛んで、相手は空の彼方へひとっ飛び」
「入学初日にそれをやらかしてから、もう怖くて誰も近づかないし、大樹さんもこの通りだし。おまけに、夜の街でも結構名が知られてるって噂が流れてからは、もう本当に危険物のような扱いで…」
志津ちゃんの後を継いで説明をしてくれたリス君は、警戒するようにチラリチラリと大樹を見ている。
志津ちゃんはなんとも思ってないみたいだけど、このリス君は大樹が怖いらしい。
「それなのになんか愛唯さんと一緒にいるし、妙に懐いているし、こんな大樹見た事ないし…。だからコレなに?って聞いたの」
「へぇー、そうなんだ」
俺の返事に気が抜けたのか、志津ちゃんは脱力したように寝転がった。
だって、別に周りの噂とか、普段の大樹がどうとか、関係なくない?俺の傍にいる大樹は、無口で無表情だけど可愛い。それが俺にとっての大樹。
そして今ここにいるのは、俺と大樹と志津ちゃんとリス君。
それでいいじゃん。余計な情報なんて必要ない。この場にいて問題なければ、問題ないんだよ。
違う?
誰にともなくそう呟いたら、3人とも目を丸くした。
大樹まで目を丸くしたから、その表情の似合わなさに思わず笑ってしまった。
その後、何故か3人に抱きつかれて圧力に潰された俺は、ムギュっと地に沈んだ。
友情って苦しいものなんだね。
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