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6.飴と鞭の大安売り

水曜日の夜。 いつものように繁華街を散策している途中、何気に振り向いたら背後に大樹がいて驚いた。 え、いつからいたの? っていうか、後ろを着いて歩いてるなら声をかければいいものを…。 どうりで通り過ぎる知り合いがどこか物珍しそうに俺の方を見てたわけだ。 立ち止まって大樹を見ると、無表情の中の瞳だけが「何?何?」と俺の反応を待っているのがわかった。 なんでこんなに懐かれてるのか、いまだに理由がわからない。 確かに改めて見ると、格好良いけど人相が悪くて怖いかも。まぁ懐いてくる分には何も問題ないからいいけどね。 相変わらず何も言わない大樹に諦めて、また歩き出した。 でもあれだよ、さっきから全然進まないんだこれが。いや、別に俺の歩みが亀さんというわけじゃない。障害物が次々に現れるのだよ。数メートル間隔で。 「あの!愛唯さんですよね!」 …また現れた。 さっきはアンチ俺派で、今度のは逆に俺信者派だ。 どうでもいいけど、目の前に立たれたら歩けないじゃないか。 「…なに」 さすがの俺も、そろそろイラっとくる。 愛想がなくなったって責められる謂われはないね。うん。ウザい奴が悪い。俺の堪忍袋にも、限界というものがあるのだよ。 そういうことで無愛想無表情を向けたら、目の前のそいつの顔が引き攣った。 「すみ…ません、馴れ馴れしく…話しかけて…」 言いながら一歩二歩と後退り、あげくの果てには走って逃げてしまった。 「………今、そんなに極悪な態度だった?俺」 ちょっと無愛想だっただけだよね? まるで悪魔でも相手にしてしまったかのような逃げっぷりに不安になって、背後の大樹に聞いてみた。 大樹は少し考えた後、ゆっくり二度ほど首を横に振った。極悪じゃない。とその瞳が言っている。 聞いておきながらなんだけど、大樹の感覚もあまり当てにならない。 でもまぁいいや。過ぎた事を気にしたって、今更どうにか出来るわけじゃない。 ふっと両肩を竦めて再び歩き出す。 そして数メートル進んだところでまた障害物が。 「おい!待てよテメェ!!」 …今夜はあれかな。飴(俺信者)と鞭(アンチ俺派)の叩き売りでもやってんだな、きっと。 今度はアンチ俺派が登場。 みんなどこかで結託してるんじゃないかと思えるほどに、飴の使者と鞭の使者が交互にやってくる。おかげでまた立ち止まってしまった。 今度は、なんだか小柄でキャンキャン吠えるスピッツみたいな奴。 あーもうウルサイな。 深々と溜息を吐いたら、背後で大樹がジリっと動いたのがわかった。 俺のアンニュイさを察して、その原因であるスピッツを排除しようとでも考えているのかもしれない。 でも、 「大樹は首突っ込まないでねー」 釘を刺した。 だってあれでしょ。これは今までの俺の行動が引き起こした結果なんだから、どういう形であれ俺が処理するのが道理でしょ。因果応報の処理って大変だね。 とにかく、関係ない他人がしゃしゃり出てくるのはルール違反。 それが俺の絶対的な考え。 以前それを橘さんに言ったら、『愛唯独自の美学だな』と楽しそうに言われた。 美学とか寒いからやめてほしい。 「なんだよその余裕の態度!!どうせお前なんて噂だけなんだろ?!それなのに苓さんに取り入りやがって、むかつくんだよ!!」 あー、なんだ、苓ちゃんの信者か。 いちゃもんつけられた理由がわかったのはいいけど、だからと言ってゴメンねとは思わない。苓ちゃんと俺の仲が良い事を、他人にとやかく言われる筋合いはないから。 「どうでもいいけどさ、噂を確かめるだけなら今すぐにどうぞ。売られた喧嘩は消費税込みで買うのが俺流儀だから」 人差し指を立てて、かかってこいとばかりにチョイチョイと動かせば、怒りに顔を赤くしたスピッツ君が拳を固めて飛びかかってきた。 隙がありすぎ。こんなんじゃ全然相手にもならない。 ひょいっと最小限の動きで横に避けながら、顔の横スレスレを通ったスピッツ君の手首を鷲掴む。そして、飛びかかってきた勢いを利用して同方向に腕を引っ張り、よろめいた所を腰に回し蹴りを入れて、はい終了。 ついでに、地面に転がったスピッツ君の脇腹にもう一発容赦のない蹴りを入れて、お掃除accomplish! 「またのお越しをお待ちしておりますー」 地面と仲良くしているスピッツ君に、ウインクと同時に軽く投げキッス。 少しだけ人が集まりだしていたそこから抜け出して、再び歩き出した。向かう先は地下鉄の駅。 「大樹。悪いけど俺今日はもう帰るわ。こういうセール日に出歩くとロクな事にならないから」 後ろ手にヒラヒラと右手を振って大樹とお別れ。 こんな日は家に帰って寝るに限る。 みんなも、飴と鞭の大安売りの日は気をつけましょう。

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