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7.ボス2、苓ちゃんの登場

本日は晴天なり。 それでも俺は真面目に授業を受けています。 人生に必要なさそうなつまらない授業はサボタージュ。でも、人生に必要そうだったり興味のある授業は真面目に出る。 世界史の高橋ちゃんに、『お前のその変な自分ルールをなんとかしろ』って言われた事があるけれど、人間いろいろなんだから、全員が全員共に同じルールで過ごせるかというと無理に決まってるじゃん。 人間的に素敵な人には優しく。人間としてどうよ?っていう腐った奴にはそれなりの対応で。世間のルールに合わせていたら、良い人ほど酷い目にあっちゃう世の中なんだからさ、俺くらいは良い人の味方でいたい。 だから自分ルールがあるんだよ。 そう言ってヘラっと笑ったら、『そんな大きな枠の話じゃなくて、サボらず全部の授業に出ろって事なんだがな』と溜息を吐かれた。 そんな高橋ちゃんは、今日もイイ男っぷりを発揮して黒板にカツカツと白い文字を書き連ねている。 この前年齢を聞いたら、28歳だと言っていた。こんな男子校に来なかったら、今頃女子生徒に囲まれていただろうに、勿体ない。 「愛唯、ボーっとしてないでこの問題に答えろ」 振り向きざまに目が合ったかと思えば、いきなりかよ。 おまけに、何故か高橋ちゃんは俺の事だけは名前呼び。他の生徒には普通に名字呼びなのに、この扱いはなんだろう。 よくよく考えてみると、俺の事を名字で呼んでくれる奴なんてほとんどいない気がする。俺の名字が久世(くぜ)だって事、まさか忘れ去られてるんじゃ…。 ()が名字で、()が名前だと思われていたらどうしよう。名前が“唯”だけなんて俺ヤダよ。 そんなくだらない心配を余所に、口は勝手に言葉を紡ぎ出す。 「俺が行った事があるのは中国とアメリカだけだから、フランスの事なんてわかりません」 素直に事実を述べれば「馬鹿野郎」とチョークが飛んできた。 あっぶないなー。 俺が避けたせいで、後ろの席の田中君に当たっちゃったし。 呻く田中君と爆笑するクラスメイト。そして鳴る終業チャイム。 はい残念でした。 ベーッと舌を出すと、高橋ちゃんは拳をフルフルと震わせていた。 そしてようやく訪れた昼休み。 飢えている健康な高校生男子の腹と背中がくっつきそう。 いつもと同じく雪崩のように教室を飛び出して行くみんなを見送り、俺は1人でのんびりと。 ………のんびりしてると変な事ばかり起きるって、これ最近の流行りですか? 立ちあがってドアへ向かった俺の目に映った物。者。 ドアから入ってきた見慣れた人物。 いや、見慣れた人物なんだけど、ここにいるのはおかしい。 「あの…」 「なに?」 「なんで苓ちゃんが、うちの学ラン着てココにいるのでしょうか」 「あぁ、さっき帰ろうとしてた奴から制服を借りたんだよ」 「へー」 強奪したわけね。 って、そうじゃなくて。 「…苓ちゃんの学校ココじゃないでしょ」 溜息混じりにそう言ったら、麗しい微笑みを向けられた。 苓ちゃんはひじょうに頭が良く、県内でも有名なトップクラスの進学校に行っている。 身長は俺より少しだけ高い、志津ちゃんとほぼ同じくらい。サラッサラの青色の髪を腰まで伸ばしている美人さん。 あの学校でこの髪型して怒られないのが不思議。 実際は校内でも、前代未聞なほど頭が良い苓ちゃんに教師達も文句がつけられない状態らしく、それをいい事に好き勝手しているようだ。 あくまでもそういう噂ってだけだから、真実はわからないけれど。 常に穏やかな対応と穏やかな口調の苓ちゃん。その外面の良さを信じると後で痛い目に合う。実際は相当な腹黒魔人。 ちなみに、この界隈の3大チームの一つを率いている超有名人でもある。 同じく3大チームの一つを率いている槇さんとは犬猿の仲。 この二人は高校三年生で同じ学年だ。だからこそ反発も大きくなるのかもしれない。 「で、なぜに苓ちゃんはココへ?」 教室の入り口を塞ぐように立つ苓ちゃんの前で首を傾げれば、ニコリと優しく笑みが返された。 「そんなの決まってるよ。愛唯を迎えにきたの」 あー、俺のこと拉致しに来たんだ。へー。 ちょっと視線が遠くなってしまった。 「不満?」 「不満じゃないけど、面倒くさい感じ?」 俺も真似してニッコリ微笑んだら、苓ちゃんの背後にいたお付きの少年が卒倒しそうなほど顔を引き攣らせた。 大丈夫大丈夫。こうやって口を尖らせてムッと見せている内は、本当に怒ってないから。 「最近愛唯が遊びに来てくれないから、俺がワザワザこうやって迎えにきたのに…。ちょっと冷たくないかな?」 「冷たいかなー?…まぁ午後の授業はどうせサボるつもりだったからいいけど」 了承の意を示すと途端に苓ちゃんは優しい笑顔に戻り、「それなら行こうか」と一言で事態を終了に導いて、ついでに俺の手首を掴んで歩き出した。 お付きの少年は、やっぱり一歩後ろを着いてくる。いつの時代の淑女だよキミは。 先月いたお付きの少年は、今頃どこで何をしているのやら。たぶんもうこの街にはいないだろう。苓ちゃんの怒りを買うなんて命知らずな事をしたんだな、きっと。 校内を歩く見覚えのない青髪の生徒とドナドナな感じの俺に、廊下ですれ違う皆の視線が集中する。 いやー、俺目立つの嫌いなんだけど。 昇降口から出る際、視界の端に志津ちゃんが映った気がしたけど、気のせいだよね。 苓ちゃんを見て目を見張り、次に俺を見て「えッ」って呻いたように見えたけど、気のせいだよね? そんな感じで余所見をしていた俺が悪いのか…、いきなり強い力で引っ張るのはどうかと思うよ苓ちゃん。 「ちょっと苓ちゃん。腕がもげそうになったんだけど。俺サリーじゃないからもげた腕を自分で縫って治すとかできないんだけど」 「愛唯が余所見をしているのが悪いと思うよ。俺と一緒にいるのになんであっちこっち見てるのかな」 「えー、横暴―」 目を眇めて文句を言うと、さっきまで手首を掴んでいた苓ちゃんの手が、今度は二の腕に移動した。それによって縮まる距離。 背の高さが数センチしか違わない為、距離が近づけば顔も近づく。 横目に見た苓ちゃんの横顔はやっぱり美人さんで、とりあえず歩きながら飽きるまで眺めさせてもらった。 普通なら嫌がられるんだろうけど、苓ちゃんの場合は見つめていても嬉しそうだったから問題ない。 さぁ、これから俺はどこに連れて行かれるのだろう。

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