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第1―24話
昨夜と同じように、この音楽祭では一番の新人のEmeraldのパフォーマンスから始まると思い込んでいた羽鳥の考えは見事に裏切られた。
Emeraldは中々女子アナから紹介もされず、羽鳥がまだかまだかと焦れた中頃、テーブルに着いているEmeraldが紹介された。
羽鳥は女子アナの「Emeraldの皆さんです」の声と共にテレビに映ったEmeraldに、昨夜と同じく釘付けになった。
今日のEmeraldの衣装は全身黒だ。
羽鳥はEmeraldが黒い衣装を着ているのを初めて観た。
Emeraldを追いかけ続けている羽鳥が初めて観たということは、Emeraldファンも初めて観たことだろう。
だが、そこはEmerald。
ただ黒い衣装という訳では無い。
テーブルに着いているので、ボトムスはハッキリとは分からなかったが、丸テーブルの一番左端に座る横澤隆史の全身が映ったし、他のメンバーもバストアップが映ったので、衣装の全体像が大体分かった。
Emeraldは襟ぐりが大きく空いたシルクのような風合いのフワッとしたトップスだ。
しかも袖はシースルーで、腕が肩の直ぐ下から透けて見えている。
そして手首で一旦シースルーの腕の部分は、光沢のある黒いリボンのような紐で絞られ、そこから先は三段の透けたレースが付いている。
そのレースもただ黒いだけでは無い。
レースの縁に小さな赤い様々な形のビジューが煌めいているのだ。
それも三段全てに。
フワッとしたトップスも、腰の部分で手首に付けられていたような黒い光沢のあるリボンのような紐で一旦絞られている。
勿論、手首の物より幅は広いが、ベルトなどよりは細い。
それが左腰でリボン結びにされている。
そしてそのリボンのような下の部分は、袖と同じシースルーのフリルが何段も重ねられている。
それにボトムスも生地はトップスと同じくシルクの様で膝下から左右に別れる形でフリルになっていて、膝下から爪先へとフリルは大きくなっていく。
そのフリルにも、フリルの先に小さな赤い様々な形のビジューが煌めいているのだ。
それだけでも羽鳥をウットリさせるのに充分なのに、ドラゴンワン芸能事務所はこれでもかとEmeraldを輝かさせる。
トップスの鎖骨が見えるほど空いた襟ぐり。
その首に付けられた革の黒地チョーカーには、やはり赤いビジューが隙間無く煌めいている。
吉野千秋の真っ白な細い首にそんなチョーカーをされて、鎖骨は丸見え、しかも袖はシースルー。
そしてEmeraldの魅力を引き出す完璧なデザインの黒い衣装と輝く赤いビジューが、昨夜とは180度違って、昨夜の吉野千秋が妖精なら今夜は小悪魔のようだ。
黒い衣装の光沢に勝るとも劣らない、吸い込まれそうな黒い大きなタレ目気味の瞳。
小さな桜色の少しぽってリした唇。
いつものはにかんだ笑顔すら、まるで羽鳥を誘っているように見える。
もし吉野千秋の全身を見てしまったら、俺はどうなるんだろう…。
羽鳥はいつもの様に用意してあるティッシュボックスから、ティッシュを素早く数枚引き出す。
だが今夜の音楽祭は、Emeraldがいつ出演するのか分からない趣向になっていた。
昨夜は新人からベテランへと分かり易かったが、今夜はいきなり大ベテランが1曲目を歌ったりするのだ。
歌順はキャリアに関係なくバラバラ。
そんな中、昨夜と同じなのは、他のアーティストのパフォーマンスを観ているEmeraldの映像が、ランダムに差し込まれることだ。
そして突然吉野千秋が映る度、羽鳥の鼓動を跳ねさせ、魅了する。
その一方で、また吉野千秋を身近に感じる。
羽鳥はじっとテレビの前から動かず、待った。
Emeraldのパフォーマンスが始まるのを。
純粋にEmeraldのパフォーマンスを観たい気持ちと、今夜のパフォーマンスを観れば、吉野千秋を身近に感じるこの気持ちが何なのか分かるかも知れないという期待もある。
身近に感じるのが嫌では無い。
寧ろ、嬉しい。
幸せだ。
昨夜は身近に感じられる幸せに、今は身を任せようと強い気持ちで思えた。
そして幸せな一夜を過ごせた。
けれど、こうして2日連続、別世界で輝く吉野千秋を観ていると、決して手の届かない運命の初恋の人を身近に感じるのは、嬉しい反面、幸せな反面、凍りつくような寂しさがある。
せめて吉野千秋を身近に感じる理由が分かれば、この不安定な気持ちにケリをつけて、また以前のように純粋に吉野千秋をただ好きでいられるように戻れるかも知れない。
羽鳥は自分の思考にハッとした。
純粋に?
じゃあ吉野千秋を身近に感じる今の俺は…。
その時、「お待たせしました。Emeraldです!」と司会のベテラン俳優の声が響いた。
羽鳥の意識は一気にテレビに向かう。
Emeraldはもうステージにスタンバイしている。
ステージのバックは赤とグリーンの光沢のあるドレープが交互にセットされ、所々にドレープの大きな花が飾られている。
クリスマスを表現しているのだろう。
その手前にグランドピアノがあり、正装をした男性のピアニストがスタンバイしている。
ピアニストの指が鍵盤に落とされる。
Emeraldが歌い、踊り出す。
それはテレビには殆ど出演しない、超大御所の女性シンガーソングライターのクリスマスの定番曲だ。
サンタクロースは実は恋人という歌で、数十年前の歌だが、羽鳥も勿論知っている。
クリスマスシーズンになれば、街中のそこかしこで流れるし、Emeraldがカバーしたように他の歌手も歌番組でカバーするからだ。
クリスマスカラーのセットを背に、ピアノだけの演奏で、黒い衣装のEmeraldがフリルを翻してステージを目一杯使って歌い踊る。
残像のように赤いビジューがキラキラと煌めく。
昨夜と同じくシャンデリアがEmeraldを照らす。
全身を見れた吉野千秋は、小悪魔というより、やはり可憐な妖精のように羽鳥の目に映る。
昨夜が昼間の妖精なら、今夜は夜の妖精のように。
細く真っ白な首にあるチョーカー。
そこから続く真っ白い肌に見える鎖骨。
透ける両腕。
膝下のフリルから見え隠れする、細くすらりとした真っ白な足。
羽鳥は別にホモでは無い。
ただ初めて恋をしたのが吉野千秋で、吉野千秋は男だったということに過ぎない。
勿論、今まで付き合ってきた女の子達と普通にセックスしてきた。
けれど、今夜の吉野千秋は、羽鳥が今まで生きていて感じたことが無い程、劣情を掻き立てる。
吉野千秋は素っ裸な訳では無い。
笑顔だってアイドルスマイルだ。
衣装だって、今夜は少し色っぽいと言えるかもしれないが、いつものかわいいEmerald仕様だ。
歌にしても女の子のかわいい気持ちを表現したクリスマスの定番曲。
けれど羽鳥には、吉野千秋の無防備にさらされた肩を抱きしめ、桜色の唇に唇を重ね、口腔を気が済むまで味わい、細い首にキスを繰り返し、時折強く吸い赤い跡を散らばらせ、鎖骨まで辿り着くと噛み跡が残るくらい愛撫する自分が容易く想像出来る。
想像だけではない。
その時、羽鳥の腕の中でぐったりと羽鳥に身を任す吉野千秋の重さまで感じることが出来る。
ひらひらと蝶のように踊り、かわいらしいクリスマスソングを歌うEmerald。
そのメンバーの吉野千秋。
木佐翔太や柳瀬優や小野寺律には及ばないが、完璧なアイドルスマイル。
どこにも性的なイメージが無いどころか、羽鳥には妖精に見えるのに、吉野千秋を抱きしめてキスの嵐を降らせ、吉野千秋を愛撫したいと思う。
俺はどうかしてしまったのか?
羽鳥は必死に劣情を抑えながら、テレビを観る。
そして曲が終盤に差し掛かったその時、吉野千秋がアップになった。
吉野千秋は伏し目がちだった瞳を、カメラに向ける。
長い睫毛の影から、大きな黒い瞳が映し出され、桜色の唇からソロの歌声が流れた。
その瞬間、羽鳥の下半身に熱が集まった。
その熱はすぐ様スエットを持ち上げる。
Emeraldのパフォーマンスが終わる。
羽鳥は寝室に走った。
ベッドに飛び乗るとスエットと下着を脱ぎ去る。
羽鳥の雄はもう濡れている。
羽鳥は性急に雄を扱く。
羽鳥の閉じた瞼には、先ほどの想像がぐるぐると駆け巡る。
吉野千秋は最後にアップになった時の黒い瞳を潤ませ、桜色の唇から歌では無く「あ…あぁ…ん…」と喘ぎ「…もっと…」と囁く。
羽鳥は白濁を勢い良く溢れさせた。
羽鳥は夢の中にいるような覚束無い意識の中、サイドボードの上のティッシュボックスからティッシュを引き抜き、汚れた自身を丁寧に拭いた。
それから洗面所に向かうと、タオルを濡らし、また自身を丁寧に拭く。
そして手も綺麗に洗った。
それから寝室に戻り、脱ぎ捨てたスエットと下着を履く。
そうしてベッドに崩れ落ちるように座った。
羽鳥の二重の切れ長の瞳から、ポタポタと涙が零れる。
吉野千秋を汚してしまった。
だが、羽鳥は後悔よりも、吉野千秋を身近に感じた後に思う凍りつくような寂しさの方で胸がいっぱいだった。
羽鳥は二十歳になったばかりの健康な男子だ。
恋をして、その人を思って自慰をするのは自然なことだ。
けれど手の届かないスーパーアイドル相手に自慰をして、ひと時の快感を得ても、凍りつくような寂しさの方が勝る。
でも。
吉野千秋が好きだから。
何よりも誰よりも好きだから。
これからも劣情に負けるだろう。
凍りつくような寂しさを感じるだけじゃなく、惨めになることもあるだろう。
けれど、どんなに寂しくても、どんなに惨めでもいい。
吉野千秋に劣情を掻き立てられるということは、吉野千秋に本気で恋しているということだから。
羽鳥は涙を零しながら「好きだよ、千秋」と涙が止まるまで呟いていた。
そして音楽祭が終わるまで、羽鳥は寝室から一歩も出なかった。
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