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第1―23話
いつもと違う何か。
羽鳥はテレビに目を釘付けにしながら考える。
Emeraldはバンドとバイオリンの生演奏の中、豪華なシャンデリアに照らされ、お伽話の中の一幕のように歌い踊っている。
羽鳥は美術に殆ど興味が無い。
絵心が無いせいか、小学生の頃から学校の美術の時間も苦手だった。
でも、今夜のEmeraldは美しい、と思う。
衣装、照明、セット、演奏、Emeraldのパフォーマンス。
全てが絶妙なバランスを保ち、完璧なパフォーマンスを表現し、今までEmeraldをかわいいとは当然思っていたが、初めて羽鳥は美しいと思った。
羽鳥の恋する吉野千秋は、それこそ妖精のように手を触れたら消えてしまいそうに可憐だ。
それなのに、何かが違う。
Emeraldのパフォーマンスが終わる。
会場から割れんばかりの拍手がして、Emeraldのメンバーはお互いの顔を見合わせて笑みを交わしていると、司会のベテラン俳優の「Emeraldでした。デビューしたてとは思えない素晴らしいパフォーマンスでしたね。続いてCMです」という言葉にさっと一列に並び頭を下げた。
そしてCMが始まる。
羽鳥は、ぼーっとテレビの画面を眺めていた。
CMが終わり会場全体が映る。
そして直ぐにカメラが切り替わり、Emeraldがテーブルに着いている様子が映った。
向かって右端の横澤隆史から小野寺律、木佐翔太、柳瀬優、吉野千秋の順にカメラに映る。
皆、パフォーマンスを無事に終えたからか、リラックスしたアイドルスマイルを決めて、両手で手を振ってキャッキャッとはしゃいでいる。
その時、羽鳥は『何かが違う』正体に気が付いた。
Emeraldはデビュー曲で軽々とミリオンを達成し、今も記録を伸ばし続けている、一般人の自分には手の届かないスーパーアイドルだ。
ファンクラブ会員は既に10万人を突破しているが、そちらも日々増え続けているだろう。
どんなに羽鳥が吉野千秋を好きでも、運命の人と思おうと、その事実は変わらない。
今まではそれを仕方が無いことと納得して、Emeraldを、吉野千秋を観ていた。
なのに、今日は吉野千秋を身近に感じる。
美に無頓着な羽鳥でさえも、美しいと思った完璧なパフォーマンスを見た後だというのに。
羽鳥はその後もテレビの前から動けなかった。
Emeraldの今日のパフォーマンスは終わったが、他のアーティストのパフォーマンスの途中でテーブルからステージを観ているEmeraldが映るからだ。
5人はある時は楽しそうにリズムを取ったり、ある時は感動したように拍手をしている。
いつもいつも吉野千秋が映るという訳では無いが、突然画面に現れる吉野千秋は羽鳥の心臓を跳ねさせ、魅了する。
そしてやはり思うのだ。
あんな非日常的なファッションに身を包み、一般人にしたら夢のような世界にいるEmeraldの吉野千秋を身近に感じる。
吉野千秋の横にぴったりと座っている柳瀬優が、吉野千秋のカチューシャを直してやる。
吉野千秋が唇を動かす。
たぶん「ありがとう」と言っているのだろう。
まるで自分が柳瀬優になったような錯覚すらする。
吉野千秋の髪の感触、カチューシャの冷たさ、「ありがとう」と潜めた声さえも聞こえるような気がする。
羽鳥は、吉野千秋が好き過ぎて、とうとう頭がおかしくなったのかと失笑しそうになった。
けれど、それならそれで良いじゃないかと、心の奥から強い思いがせり上がってくる。
錯覚でも、頭がおかしくなったのでも、何でも良いだろう?
吉野千秋に触れることすら一生叶わないのだから、身近に感じられる幸せに今は身を任せよう。
そうして羽鳥は幸せな一夜を過ごしたのだった。
翌朝の横澤隆史のラジオは、昨夜の生放送の音楽祭の裏話をしてくれた。
それは衣装のことで、横澤隆史は音楽祭の1日目の為の衣装を本番数日前に初めて見て、これは俺には無理だろう…と青ざめたそうだ。
確かに横澤隆史のような男らしいタイプには、引く程の美しくかわいい衣装だったからなと羽鳥も同情したが、昨夜の横澤隆史に違和感は無かった。
無かったどころか似合っていた。
横澤隆史はそれは帽子のお陰だと言っていた。
スタイリストさんに帽子の被り方をアドバイスしてもらったら、スタイリストさん曰く、普段は見られない『カッコかわいい隆史くん』が出来上がったそうだ。
「どうもそれがスタイリストさんの狙いだったらしいです」
と横澤隆史は恥ずかしそうに、でもちょっぴり苦々しく語っていた。
羽鳥はやはりEmeraldに付くようなプロのスタイリストは凄いなと感心した。
確かに横澤隆史と小野寺律の帽子の被り方は違っていた。
小野寺律は通常と変わらず、かわいいイケメンお坊ちゃまだった。
それに羽鳥は、苦々しい言い方を隠せない横澤隆史らしい言い方に、見た目と違ってかわいいなあと思った。
そう、横澤隆史は羽鳥と同じように生真面目だから、ラジオもジョークで笑わせるようなことは全然無いが、たまに発言がかわいいのだ。
木佐翔太のように自分の魅力を最大限に分かっていて発せられる発言とは違い、ポロッとかわいいことを言う。
横澤隆史自身は気付いていないのだろう。
横澤隆史推しのファンは、そんなギャップにも惹かれているのかも知れない。
そしてラジオの締めにDJ清水が、ラジオ番組のメールアドレスを読み上げてから、「今夜の横澤くんの衣装にも期待大ですね!」と言った。
羽鳥はそうだ、今夜は衣装は違うだろうし、あの音楽祭は2日目にはアーティストがカバー曲を歌う。
Emeraldは何を歌うんだろう?
そして、また自分は吉野千秋を身近に感じるのだろうか?
今夜の吉野千秋を観たら、理由が分かるかも知れない。
羽鳥はテンション高く、大学に向うのだった。
羽鳥は大学では、いつものポーカーフェイスでやらなければならない事をさっさと終わらせて、さっさと帰宅した。
高屋敷に絡まれると面倒だなと警戒していたが、高屋敷は今夜はデートで朝から浮かれていて、羽鳥は「頑張れよ」と笑顔で言うと、高屋敷の惚気を散々聞いてやったから、高屋敷は満足したらしく、講義が全て終わると羽鳥より早くすっ飛んで帰って行った。
羽鳥は帰宅すると昨日と同じく夕食と風呂を済ませ、午後7時15分前にはテレビの前でスタンバイしていた。
そして、生放送2日目が始まった。
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