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第1―22話

柳瀬優は楽しそうに話している。 いつものクールな雰囲気とはまるで違う。 だが羽鳥は正直、柳瀬優のラジオを全く楽しめなかった。 柳瀬優は今夜は第1回目のラジオで、皆さんからメールを頂いていないので、HPに寄せられたメールの質問にお答えますと前置きをして、延々と漫画の話をしている。 漫画でなければ、漫画が原作のアニメやゲームの話だ。 ラジオのオープニング曲も、小学生の時ハマった漫画原作のゲームの曲のオーケストラバージョンだと嬉しそうに語った。 ハッキリ言って羽鳥には全然興味の無い話だ。 それに柳瀬優はどうかと思う。 横澤隆史も木佐翔太も小野寺律も、自分の興味のあることは勿論話すが、それを知らない人にもわかりやすく説明したり、世間で話題になっていることを上手くEmeraldに絡ませて話している。 それなのに柳瀬優には、そういうリスナーに対する気遣いのようなものはまるでゼロだ。 ただ自分の好きなこと、興味のあることを話しているだけ。 けれど羽鳥は、どんなにつまらなくても柳瀬優のラジオを最後まで聴かなくてはならない。 なぜなら柳瀬優のトークには、吉野千秋の話が散りばめられているからだ。 あの時千秋は俺が勧めたある漫画を初めて読んで、こうした、ああしたに始まり、千秋とは今あの漫画を一緒に読んでる、千秋は初回限定版の予約をよく忘れるから自分が用意してやっている、漫画を描く為に千秋とお気に入りのスクリーントーンをお揃いでこっそり買いに行った、帰りにカフェに寄った様子などなど。 最後には「千秋には大きな夢がある。でもそれをサポート出来るのは俺だけだから頑張らないと」と言う始末だ。 何が『俺だけだ』だ。 羽鳥の眉間に皺が寄る。 それはEmeraldのメンバー全員で叶える夢だろう。 なんでコイツはこんなにも自分が吉野千秋に必要不可欠な人間だと思えるんだ。 百歩譲ってそう思うのは柳瀬優の勝手だが、公共の電波を使って言うことだろうか。 ラジオは聴いてくれているファンの為のものだろう。 それを延々と趣味の話に吉野千秋との仲良しアピールって何なんだ! 羽鳥は腹が立ったが、また柳瀬優が吉野千秋のことを話すかと思うと、最後までラジオを聴くしか無かった。 翌日の月曜日。 今夜からEmeraldが出演する2日連続の生放送があるというのに、羽鳥の気分は最低だった。 バイトは生放送の発表があった時から調整してあるからリアタイ出来る。 横澤隆史の今朝のラジオでも告知があったし、横澤隆史のラジオは羽鳥のささくれだった気分を少々和らげてくれたが、それもラジオが終わった瞬間から忌々しい記憶が蘇る。 勿論、昨夜の柳瀬優のラジオのせいだ。 木佐翔太と小野寺律のラジオで吉野千秋の話が出なかったのは、柳瀬優の裏工作じゃないかと疑ってしまう程だ。 不機嫌なまま大学に登校すると、後ろからポンと肩を叩かれる。 振り返ると高屋敷だ。 羽鳥が「おはよう」と言うのを遮るように、高屋敷が頬を紅潮させて「昨夜の柳瀬優のラジオ最高だったな!!」と満面の笑みで言った。 羽鳥はいつものポーカーフェイスを保てず、思わず「はぁ!?どこが!」と言い返してしまった。 高屋敷はそんな羽鳥の顔の前に人差し指を立てると、思わせぶりに左右に振る。 「羽鳥は漫画やアニメに興味無いからピンとこねーかも知れねーけど、柳瀬優は漫画オタ、アニオタ、あと少しだったけどゲーム話も立派なオタぶりだった! あのいつもは完璧アイドルしてますぅ~、女子にキャーキャー言われて当然ですぅ~つーEmeraldのメンバーがだぜ? 柳瀬優はそんなことすっ飛ばして自分のオタぶりを話した。 これってスゲーことじゃん? しかもあのルックスでアイドルでオタクなんだぞ? もうオタどもはオタワールドに希望の星が現れたって大騒ぎよ。 お前、ネットの騒ぎ見てないワケ? 昨夜からお祭り騒ぎなんだからな!」 羽鳥には自分勝手としか思えない柳瀬優のラジオが、漫画やアニメやゲームが『オタク』と呼ばれるほど好きな人達の心を鷲掴みにしたらしい。 羽鳥は不機嫌な顔のまま黙っていたが、高屋敷の話は続く。 「それにさあ吉野千秋までオタってことが、また嬉しいよな! あー吉野千秋がラジオのゲストに来てくんねーかなあ。 それで思いっ切り柳瀬優とオタ話して欲しい!!」 そう高屋敷が言った時、羽鳥はあれ?と思った。 柳瀬優のラジオ番組がこのままオタ路線で行くのなら、同じオタク仲間の吉野千秋と一緒にラジオをやったら、もっとウケるんじゃないか? しかも柳瀬優と吉野千秋は『ユウチア』とファンに呼ばれるほど仲が良い。 しかもファンはそれを受け入れている。 そして事務所もそれは充分過ぎるほど分かっているだろう。 先日の生放送のオープニングで、柳瀬優と吉野千秋は手を繋いでステージに現れた。 そしてそれをカメラがアップで抜いた。 あの時はただ嬉しかったが、オープニングでアップで抜かれたEmeraldのメンバーは柳瀬優と吉野千秋しかいない。 それに秒刻みで進む大型音楽祭なら、オープニングでアップで抜かれるアーティストは予め決まっているんじゃないか? それは事務所の意向を反映していないとは言い切れない。 それなのに、吉野千秋はラジオ番組をメンバーでただ1人持っていない。 木佐翔太と小野寺律のように、柳瀬優と吉野千秋が組めば、ウケること間違い無しなのに。 やはり吉野千秋には、他のEmeraldのメンバーとは違う何かがある…? 羽鳥が難しい顔をしていると、高屋敷はイケメンの顔を崩して楽しそうに言った。 「昨夜はEmeraldファンの彼女の家で、たまたま柳瀬優のラジオを聞いたんだけどさ~これからは毎週聴こうかな」 羽鳥は何も答えなかった。 羽鳥は大学の講義が終わると、真っ直ぐ帰宅した。 帰りの電車の中で、柳瀬優のラジオのネットニュースを見ようかと思ったが、やめた。 どうせ高屋敷の話通りだからと思ったからだ。 それにEmeraldに興味の無い人間を惹き付けたラジオ番組が、羽鳥には良さが全く分からないのも癪に障る。 けれど、今日明日と生放送で吉野千秋に会えると気を取り直す。 この番組は放送されるテレビ局の年末の恒例番組だ。 午後7時から4時間、二日連続で行われる。 そしてこの番組の目玉は、アーティストが持ち歌の他にカバー曲を歌うのだ。 それに会場はホテルの最高級の大広間で、パフォーマンスをしているアーティストを、パフォーマンスをしていないアーティストがテーブルに着き、パフォーマンスを観る趣向になっている。 勿論、ファンなどの一般人はその会場にはいない。 羽鳥は夕食も風呂も終わらせ、7時15分前にはテレビの前に居た。 勿論ティッシュボックスも用意してある。 先日の生放送とは全く違うことになるであろうEmeraldのパフォーマンスに、期待と不安が交差して胸の鼓動が煩い。 そして7時になった。 重厚なオープニング曲が流れて、女子アナとベテラン俳優が司会の挨拶をする。 女子アナが席に着いているアーティストを紹介していく。 その度に拍手が起こり、紹介されたアーティストはお辞儀をしたり、ウケ狙いのようなことをして笑いを取ったりするアーティストもいて会場を盛り上げる。 だが、Emeraldは紹介されない。 羽鳥がやきもきしていると、ベテラン俳優が「1曲目はEmeraldです。どうぞ!」と言った。 画面がステージに切り替わる。 生バンドをバックに、バイオリニストのソリストがいる中、Emeraldは定位置にスタンバイしている。 今日の衣装はスーツだ。 だが、ただのスーツでは無い。 スーツは美しいパステルカラーの花模様に、襟と袖口と裾に真っ白なレースが施されている。 シャツはシルバーの縦縞が、花模様のスーツの邪魔にならないように入っていて、全員真っ白なレースの蝶ネクタイをしている。 そして、横澤隆史と小野寺律は真っ白な帽子を被り、木佐翔太と柳瀬優と吉野千秋は銀色に小さな薔薇の花が散りばめられたカチューシャをしている。 余りに美しくかわいらしい衣装に、羽鳥はティッシュを握り締める。 羽鳥は吉野千秋のかわいさに、いつもの様に目が釘付けになるが、かわいいを通り越して妖精みたいだ…とウットリしてしまう。 バンドとバイオリンが前奏を奏でる。 Emeraldのファーストシングルのパフォーマンスが始まる。 羽鳥は吉野千秋を目で追いながら、いつもと何かが違うと思った。

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