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1.いざ、出陣の輿入れ

 僧侶に身を清められた徳山康頼は、おなじく僧侶の手で着物を着せられ、寺の前で待っていた繊細な細工のほどこされた駕籠に乗り込んだ。 (いよいよだ)  この日のために、自分は育てられてきた。国元のために、しっかりと職務に励まなければと気合を入れる。  駕籠が持ち上がり、しずしずと進みはじめた。ゆるゆると進む駕籠の中で、康頼は白い手を握りしめる。 (どのくらいの人数が、奥にいるのだろう)  康頼は己がいまから輿入れする、鳳城為明の奥――国主にはべる色夫たち――を気にかけた。そこにいるのは、すべて自分が競う相手。国元から、奥の頂点を目指せと命じられて康頼は旅立った。 (それがしの働きが、わが国、須賀の繁栄を支える礎となる)  唇を引き結んだ康頼は、見えぬ相手に目を据えて城内へ運ばれた。  桑倉時代。八代将軍の足柄通時が治める世の中は、各国の国主同士が流通の契約を円滑にするため、賄賂のように見目のいい男児を色夫として他国に贈る風習ができていた。  戦乱の世にできた男女の結婚は政略的なもの、男同士の恋愛は純粋な行為とされたことがはじまりとされている。そのなかで、男同士の絆に対する信仰が高じすぎ、国同士の結びつきのために、恭順を示す人質の側面も持った色夫を大国に渡すことが国交の重要手段となった。色夫となったものは、自国の繁栄や交易をつなぐために、輿入れ先の相手に文字通り心身ともに尽くさなければならない。 (かならずや、寵愛を勝ち得て須賀に繁栄をもたらさねば)  気負う康頼の国、須賀は山の峰に囲まれた緑豊かな土地だった。逆に言えば、急峻な山道のために物資輸送の労力がかかる、それゆえ旅人もまれで、情報も入りづらい。山の恩恵は豊富だが、それ以外のものを入手するのは困難だった。国の産物を売りに出すのも難儀するありさまで、飢えるほど貧しくはないが富んでもいない。そんな須賀の国にとって、隣国であり良質な港がある相佐の国は重要な交易先だった。  相佐の国を治める鳳城家は由緒も正しく、幕府からの許可も得て異国の船を入港させている。数代前には公家から姫を迎えたことで、そちらとも縁があった。  山中でひっそりと生きている須賀の民にとって、相佐はあこがれの地であり、鳳城家は目にもまぶしい家柄だった。 (おそらく、見目麗しい色夫がひしめきあっておるのだろうな)  そんなところに、自分は輿入れをする。  まだ見ぬ国主の姿より、争わなければならない他国から送られた色夫の存在を気にしながら、康頼は城内に運び込まれた。 「到着いたしました」  駕籠が下ろされ、戸が開けられる。外に出た康頼は階の前に立ち、手入れの行き届いている屋敷をにらみつけた。 「ここが、これから康頼さまが住まわれる奥屋敷でございます」 (ここに、それがしが戦わねばならぬ相手がおるのか)  覚悟と決意に体を硬くした康頼は、ゴクリと喉を鳴らした。さあどうぞとうながされ、康頼は階に足をかけた。廊下を進み、まずは康頼の私室となる場所へ案内された。 「ここが」  障子を開けた先には、上等の絹がかけられた几帳があり、文机があり、脇息があった。立派な書見台まで置いてある。康頼がそちらに足を向けると「書庫にご案内いたしましょうか」と、案内役の男に言われた。 「いや、ああ。そうだな……まずは、屋敷の中をざっと案内してもらえぬか。これから生活をする場所ゆえ、どこになにがあるのかを把握しておきたい」  承知しましたと頭を下げた男が、屋敷の外周をぐるりと囲む縁側を歩きながら、部屋数は四つ。真ん中に国主である為明が休む部屋があり、そこから東西北に色夫の私室がある。北の部屋には誰もおらず、東の部屋にひとり、康頼は西の部屋だと説明した。  たったそれだけなのかと、康頼はまばたきをした。 「色夫は、それがしでふたり目、ということにござろうか」 「いかにも」 「それは、いかな理由で?」  これほど豊かな大国。しかも公家から妻をめとれるほどの家柄であれば、多くの色夫が献上されてしかるべし。であるのに、なぜそれだけしかいないのか。  疑問ももっともだと、案内の男はしかつめらしい顔をして「太守様は不要な色夫を好みませぬので」と、観察する目で康頼の頭の先から足先までをサッと撫でた。 (それがしは、必要と考えられたのか)  なぜそう思われたのだろう。  疑念が顔に出ていたらしい。男は「小国は安堵を欲しがるものでございます」と、慇懃に無礼なことを言った。自国をあなどられているとわかっても、康頼に怒る気はない。 (ここに比べれば、我が祖国は小国にすぎぬ)  下手な愛想を振りまかない男に、康頼は好感を持った。 「それに、まだあなた様がこちらに住まうと決まったわけではございませぬので」 「どういうことだ」  輿入れをしたのに、住むと決まっていないとは。 (もしや、ここには気に入りの色夫のみが住み、ほかのものは別の屋敷に部屋があるのだろうか)  男が説明をしようかどうかと口をためらわせていると、人の気配が現れた。 「おや」  涼やかな声が聞こえて顔を向けると、すらりとした長身の美麗な青年が立っていた。切れ長の瞳に通った鼻筋。たっぷりと肩にかかる豊かな黒髪は艶やかで、青年が小首をかしげるとサラリと流れた。どこか狐を思わせる細面の色白な青年は、愉快そうに目を細めて近づいてくる。 「彼が、これからここで過ごす須賀の国主の息子さんかい?」 「まだ、予定であるとしかもうせませぬが」  わかっていると言いたげに、青年はゆったりと首を動かした。  鷹揚な物腰に、これが東に住まう色夫だと直感した康頼は丁寧に頭を下げた。 「それがし、須賀の徳山康久が三男、康頼ともうします。これよりは、こちらにてお世話になりまするゆえ、よろしくお頼みもうします」  コロコロとほがらかな笑い声を立てて、美麗な青年は康頼のすこし硬い短い髪に触れた。 「そう、かしこまらなくてもいいよ。私は越智前の国から来たんだ。棚山義朝という。こちらこそよろしく、康頼」 「越智前にござるか」  ここ相佐より西、須賀よりは南にある山国だ。須賀よりも国土は広く、山国ではあるが平野が多い。良質の馬の産地として、全国に知られている。 (我が国よりも豊かな土地だ)  そんな国の色夫と自分は競わねばならないのだと、康頼は気合を入れて義朝を見上げる。おっとりとほほえむ瞳は聡明な光を宿している。そこはかとなく色香がただよい、落ち着いた物腰には余裕が見えた。  対する自分は、ひょろりとしていて貫禄などは無縁。髪はわずかに硬めの直毛で、耳たぶが見え隠れするほどの長さにしている。毛量が多いので大きく広がり、クセ毛のようにも見えた。献上品となるために育てられたので、肌の白さは負けていないが、すっきりとした顎に流れるなめらかな輪郭の義朝に比べて、康頼の頬は幼さを残してふっくらとまるみがあった。  一重の切れ長な義朝の目に対し、康頼の目は犬のごとくまるくおおきい。それもまた、頬の様子とともに康頼を年より幼く見せる要因となっていた。 (それがしとは、まったく違った容姿)  それがどう国主の目に映るのかと、康頼は案じた。目の前にいる競う相手は、かなりの強敵だと身構える。  康頼の緊張を察した義朝はクスクス笑いながら、案内役の男に「あとは私がしておくから、彼の荷を部屋に運んでおくといい」と命じた。 「それでは、失礼いたします」  男が深く腰を折って去っていく。 「さあ、康頼。ここから先は、私が案内してあげるよ」  スッと背中に手のひらをあてられて、さりげなく歩かされる。まったく不快ではない自然な動きに、康頼は器の差を見せつけられた気になった。 (だが、負けられぬ。国のために、それがしは寵愛を受けねばならぬのだ)  しっかりと背を伸ばしても、康頼の頭は義朝の鼻までしかない。国主の好みはどちらなのかと考えて、好みがどうであろうと己の持ちうるすべてを賭けて、努力するのみと切り替える。 「ここから見える景色が、私は好きなんだ」  義朝が身をかがめて康頼と目の高さをあわせる。眼前に広がる庭の風情に、康頼は感嘆の息を漏らした。 「これは」 「うつくしいだろう」  日の光を受けて輝く池面に、奥にある松の姿が映っている。大岩が並べられ、そこから細く水が落ちていた。無駄なものは一切ない、簡素でありながらも優美に整えられた荘厳な庭に目を奪われていると、耳元で「月が水面に浮かぶ姿も、また格別だよ」とささやかれた。あまりに声が艶やかで、ビクリとすると笑われた。 「あっ、これは」  真っ赤になれば、ますます義朝が笑いを濃くする。すでに負けた気分になりかけた自分を叱咤し、康頼は咳ばらいをした。 「すまない。いや、初心な反応だったもので、つい」  つい、なんなのか。  軽くにらむと「かわいかったから」と、人好きのする顔をされた。ドキリとして、康頼は顔をそむける。 「おほめにあずかるは光栄なれど、それがしを侮らないでいただきとうござる」 「侮っているわけじゃないよ。どんな人が来るんだろうって、気にしていたんだ。とんでもなく意地の悪い人だったら、どうしようかと思ってね。だけど、康頼はとてもまじめで、妙ないやがらせなんてしなさそうだから。安心してしまったんだよ」  自分が未知の場に来ることを案じていたのと同様に、義朝も不安を抱えていたのかと、康頼の心に親しみが芽生える。 「ここでの生活は長いから、わからないことがあればなんでも、遠慮せずに聞いてくれていいよ。ほとんどひとりきりで過ごしているからね。本を読むのにも飽きてしまって、つまらなかったんだ。だから、仲良くしてもらえるとありがたいんだけど」  どうかな、と親しみのこもった笑みを向けられて、康頼は破顔した。 「それがしも、いろいろと教えていただけるのであれば、助かりまする。こちらの作法などはなにも存ぜぬゆえ、ご指導願えればうれしゅうござる」  うん、とはにかむ義朝のうつくしさに、はかなさが加わった。 (なんと美麗な御仁か)  見惚れた康頼は、こんな相手に勝てるのかとおじけづいた。  康頼の心中など知らず、義朝は丁寧に屋敷の周囲をぐるりと回り、湯殿や台所までをも気軽に案内してくれた。 「これで、屋敷の中のだいたいの配置はわかっただろう? あとは庭だけれど」  康頼の部屋の前で足を止めた義朝は、部屋の奥に目を向けた。奥の襖が開けられて、康頼とともに国元から来た行李が見える。 「長旅と緊張で疲れているだろうし、そろそろ為明との面会の時間だろうから、また今度にするとしようか」 「いろいろと、かたじけのうござった」 「こちらこそ。ヒマを持て余していたから、たのしかったよ。それじゃあ、また」  ひらりと手を振って去っていく義朝の典雅な姿を見送って、康頼は部屋に入った。持ち込んだ荷物はすべて、奥の部屋に届けられている。行李を手のひらでなぞり、室内を見回して、深呼吸をした。 (これから、ここで過ごすのだ)  国元の自室よりも広い部屋。この館での生活に一刻もはやくなじまなければと、部屋の中をウロウロしていると呼び出しがかかった。 「太守様がお待ちです」 「あい、わかった」  案内係の男に連れられ、康頼は館の真ん中にある為明の私室に通された。下座で平伏していると、衣擦れの音がした。上座に落ち着いた気配から、声が放たれる。 「おもてを上げてくれ」  ゆっくりと康頼は顔を上げて、これから自分が誘惑をしなければならない相手を見据えた。 「徳山康頼ともうします」  うむと首を動かした鳳城家当主、鳳城為明は堂々とした体躯の持ち主だった。よく日に焼けた肌はたくましい筋肉にはちきれそうだ。異国の血が入っているとのウワサは本当らしいと、赤味がかったクセ毛を見る。涼やかな目元には品位があった。瞳は栗色で、人なつっこい光を宿していた。  為明はしばらく無言で、康頼をじっと観察した。視線をそらすまいと、康頼は腹の底に力を込める。  ふっと為明の目がやわらかくなり、気圧されまいとしていた康頼はなごやかな茶色の瞳に吸い込まれそうになった。 (なんと、やさしい瞳をなさる御仁か)  この人の色夫になるのだと、康頼はわずかに安堵した。 「康頼。これからは、ここがおまえの家となる。遠慮なく、自国にいたころとおなじに過ごせ」 「は」 「そう、かしこまらなくていいと言っているんだ」 「は?」 「気楽にしろ。そのほうが、俺も楽だ」 「はぁ」  よくわからないと表情で示すと、腰を浮かせた為明はズカズカと近づいて、ニイッといたずらめいた顔で歯を見せた。 「堅苦しいのは苦手なんだ。おまえは俺の色夫として輿入れをしてきたのだから、家族も同然。家族相手に気を遣う必要などない。そうだろう?」 「は、ぁ……?」  たしかに色夫の献上は輿入れと言われているが、実情は人質に近いものと教育されてきた。それを家族と言われても、すぐさま「はい」と答えられるものではない。 「まあ、ゆっくりと慣れていけばいいさ」 「はぁ」  ぼんやりした返事をすると、それじゃあなと為明は康頼の肩を叩いて去っていった。 「今夜は、家族になるための儀式だからな。いまのうちにしっかり体をやすめておけよ。食べたいものや、欲しいものがあったら遠慮なく命じればいい」  背中越しにかけられた言葉を受け止めた康頼は、一拍遅れて内容を把握すると真っ赤になった。 (家族になるための、儀式)  たしかに受け取ったと示すために、輿入れの夜はかならず閨を共にする。それがなければ無事に済んだとは言えず、康頼に従ってきたものたちは国元に帰れない。 (睦事は体力のいるものと聞いている)  ならばしっかり肌を磨いて、疲れを夜までにぬぐってしまわなければと、初夜の不安と羞恥にめまいを覚えつつ、康頼は部屋に戻った。

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