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彼が優しい理由。(20)

 目を凝らし、たしかめてみると、それは人型をしていた。  ……真っ黒で、細部はわからないけれど、たぶん、霊体に付け込まれた男の人の肉体だろう。 「亡くなってから少なくとも二週間は経っている。この人間を器にして、黄泉帰りをさせたんだろう……」 「黄泉帰り?」  聞いたことのない言葉に反応し、隣にいる紅さんを見上げる。 「強力な力を持った霊媒師ならできる芸当でね、自分以外の、しかも霊力も持たない人間の死体を媒介にして、霊体の意識を入れ、身体を乗っ取る禁忌の術だ。これができるのは、恐ろしい霊力を持った、何者かだ」 「そう……」  その霊能力者も、僕の魂を狙っているんだね。  だけど、もうそんなことは関係ない。  だって僕はこれから紅さんに魂を奪われるんだから……。  僕は黒くなった遺体から目を反らし、顔を(うつむ)ける。  こんなに苦しくて悲しい思いをしているのに、もう涙さえも出てこない。  それはきっと、自分の中で紅さんに殺されることを受け入れているからだ。  紅さんの影が僕を覆う。  僕は紅さんを受け入れるようにして、そっと目を閉じた。  そうしたら、僕の身体がふんわりと宙を浮く。  紅さんの服によって、僕のあらわになった肌が包まれた。  紅さんは僕を横抱きにしたまま、公園の敷地を出ていく……。  たぶん、ここで魂を奪うと人目があるから、誰にも邪魔されない場所に移ろうとしたんだと思う。  時期に僕は死ぬ……。  好きな人に魂を奪われる。

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