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第60話.演技

「そんな訳ないでしょう?」 鈴成は優しく静の耳を両手で塞ぐ。 「昨日見知らぬ人に襲われかけたんですよ。ようやく落ち着いたっていうのに、思い出させないで欲しい」 「何?」 女性に向けて言われると口元が見えなくて、耳を塞がれていると何を言っているのか分からない。 不安そうな顔で見上げられ、鈴成は大丈夫と言って微笑んだ。 「ねぇ、静の手、離してあげて?」 鈴成に集中していたから、女性も自分の前に男の子が近くのに気が付かなかった。 「あなたは?」 「僕は静の友達だよ」 「このアザは?」 「鈴先生の言った通りなの。その人達はもう静には近づけない所にいるんだよ。だから大丈夫」 女性が静の手を離す。 静の手首には新たなアザが出来てしまっていた。 「ごめんなさい、私」 「ううん。ありがとね、静のこと心配してくれて。でも、僕達が守るから大丈夫」 誠の笑顔を見て女性はその場で泣き始める。 鈴成は静の両耳から手を離すと、もう一度ギュッと抱き締めた。 『話し合わせて』ということは、全て演技だということなんだろう。 今、こうして抱き締めてくれているのも。 そう思うとまた静の胸は痛くなる。 近くにいるはずの鈴成が、静には遠くにいるように感じていた。 「鈴先生、大丈夫です」 鈴成は静を離して頭を撫でた。 静が少し苦しそうな顔をしていることが気になったが、こんなことがあったのだから、とすぐに切り替えてしまった。 静の周りにみんなが集まる。 「静くん、ごめんね。1人にしなければ良かった」 「大丈夫です」 感情を押し殺しているのか、少し前のように無表情になる静を気にするが、それよりもここから早く離れた方が良いと、拓海は判断する。 調味料の有無を確認し、足りない物は買い足し、卵もカゴに入れてレジの列に並ぶ。 「これも買った方がいいよな?」 敦が4枚入りのマスクをカゴに入れた。

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