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第267話.◇◆生きている

湖のそばまで来ると親父の姿が見えたが、静を確認出来ない。 パシャパシャという水音に湖に目を移すと、溺れている人を見つける。 親父はその様子をただ見ているだけだった。 俺はコートだけを脱ぎながら走り、そのまま湖に入ってその人を抱き上げる。 「明? それは私のものだ。勝手に何をする?!」 「ふざけんな! 静はあんたのものじゃない!」 湖に入る段階で水音はしなくなり、プカリと背中を上にして浮かんでいた。 嫌な予感しかしない。 抱き上げた体は冷え切っていて、力も無くクタっとしている。 「静! 頼むから目を開けてくれ!」 地面に捨てられているかの様な少し大きめのTシャツで体を拭き、俺のコートで包む。 頬を叩くが何の反応も示さない。 水を飲んだかもしれないと思い、下向きに体を反転させて背中を少し強めに叩く。 「………っ………はぁはぁ」 水を吐き出して浅い呼吸を繰り返す。 生きていたことにホッとして詰めていた息を吐き出す。 でも体力が相当削られているのは明白だった。 とにかく体を温めないと。 自分もびしょ濡れでこのままでは風邪を引いてしまう。 「あの家に戻るぞ。温まらないと体調を崩してしまう」 バカ親父は俺の腕の中でグッタリとしている静を見つめている。 「静は? その子までいなくなったら、私は生きていられない」 「なら何でこんな寒い所で裸で湖に入るようなことをさせた? 体に新しい傷も多い」 「それは………」 自分でも何でなのか分からないようで、いつまで経ってもその後は続けられそうもなかった。 「とにかくあの家に戻るから、親父も一緒に来い」 親父にも静と同じ目に遭って欲しいと思うが、こんな馬鹿げたことはしなくていい。 この後警察に引き渡すのだが、その前に少し話したいと思っている。 部屋に入ると暖かさが体に染み渡るが、風呂に入った方が良いだろう。 「俺たちは風呂に入る。出たら少し話しがしたい」 「分かった。これは首輪と貞操帯の鍵だ」 目に力が宿り、いつもの親父に戻ったように感じる。 「静の着替えは? ………無いのならいい。俺が持って来たのを着させる」 “着替え”という言葉に目を泳がせたのをみると、ちゃんとした服は自分の分以外は持ってきていないのだろう。 湯船にお湯を入れつつ、荷物を取りに外のレンタカーへ行く。 静は脱衣所にいるままだから、すぐに戻った。 戻ると親父が泣きそうな顔をして静のそばにいた。 「お前に静のそばにいる資格はない。静は親父のものでも無ければ俺のものでもない。……静自身のものだ。この子は自由なはずだろ?」 何も言わずに親父はリビングへと戻って行った。 先程渡された鍵で首輪も貞操帯も外す。 首輪の下に手の跡が残っている。 首を絞められたということだ。 体には新しい傷がたくさんついている。 ナイフで切りつけられたのだろう。 静の恐怖を思うと苦しくなる。

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