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第2話
その部屋には何もない
真っ白い一面の壁
真っ白いタイルの床
そして小さな窓が1つ
少年はその小さな窓の縁に頬杖をついて、そこから見える小さな世界を眺めていた
前髪が伸びて目を覆うのも気にしない
窓枠から小さく見える四角の世界、それが彼の世界
そこから見える一本の木が綺麗な緑の葉を蓄え、花を咲かせ、散って......そしてまた新しい葉をつける
それらをただひたすらぼんやり眺めて毎日が過ぎていく
ーーある日、窓のそばに小さな小鳥が飛んできた
窓を隔てた外から微かにキィキィと鳴き声が聞こえる
少年が指でトントンと窓を叩くと、それに反応して小鳥が窓をくちばしで叩いた
少年はその反応がうれしくて、何度も叩いて小鳥の返事を待った
少年はその小鳥をもっと見たくて窓に顔をべったりつけて、食い入るように見つめる
窓に頬の跡がついても気にしない
できるだけもっと近くで見てみたい
だけど少年はその小鳥を「鳥」という生き物だとしらない
かわいいという単語も知らない
嬉しいという感情をあらわす単語も分からない
知っているのは
好き
嫌い
痛い
怖い
教えられたのはこの4つのフレーズ
だけど、少年は言葉を紡ぐ事ができない
聞いて認識するだけ
だけど肯定していいのは好きという言葉だけ
他の3つの肯定は許されていない
薄い布地の裾の長いシャツを一枚だけ羽織った姿に赤い首輪
少年はこの姿で一日中この部屋に1人きり
「彼」が来るのを待っている
窓に夢中になった少年は部屋の鍵が開き、彼が迎えに来たことに気付くことができなかった
「ユウ?」
彼は少年の事を”ユウ”と呼んだ
ユウと呼ばれた少年は驚くのと同時に振り返り、彼の元へ駆け出した
彼の胸に頭を擦り付けて全身で来てくれたことを喜び、飛び跳ねている
彼は少年を抱きしめて、頭を撫で、髪にキスをして少年の名前を何度も囁いた
少年は呼ばれるたびに尻尾をふって、子犬のように纏わりついた
今日もまた、少年は彼に呼ばれて無邪気な笑顔を向けている
彼はその笑顔に答えるように微笑みながら首元で揺れる首輪を人差し指で強く引きよせて顔を近づけた
「何を見ていたの?」
首輪がひっぱられ、金具が喉に食い込んだ
「がっ...かはっ...」
締め上げられて、息が止まりそうになる
彼は咳こむ少年の髪の無造作に掴むとそのまま窓へと引きずっていった
「あっ...あっ...」
言葉を持たない少年は痛みに顔を引きつらせ小さく悲鳴をあげている
窓ガラスに少年の顔を押し付けるとミシッと小さく軋んだ音がした
力任せに押し付けたまま、彼は窓の外に何かを探すように視線を向けた
そこに見えたのは木の実をついばむ一羽の小鳥だった
「なぁんだ、小鳥かぁ...」
その声に感情はなかった
「ねぇ、ユウ、鳥を見てたの?鳥?」
彼の質問に少年は否定も肯定もできなかった
なぜならばその答えを話す術を持たないからだ
押し付けた唇の端から涎が垂れてガラスの表面を汚していく
「うぁ......」
少年は息苦しさと恐怖のあまり、涙を浮かべて顔を歪めた
「ユウ?泣くの?何で?」
彼は驚いて押さえつけていた手を離して少年を覗きこんだ
少年は支えがなくなるとズルズルと床に座りこみ、すすり泣きの声をあげた
ポロポロと零れる涙は押し付けられて赤くなった頬を伝い、床に落ちる
座り込んだ少年の脇に手を差し込むとその身体を抱き抱えて彼は質問を重ねた
「ねぇ、あの小鳥みてたの?」
少年は答えられない
「かわいかった?」
何を言っているのか理解できない
「あれが好き?」
好きは肯定する言葉
少年はコクリとうなづいた
「あはは、そうなんだ?ユウは小鳥が好きなんだね」
彼はそう言って笑うと少年のほっぺたをギュウっと力いっぱい抓った
少年は頬の痛みにビクッと身体を強張らせる
「痛い?」
それは肯定してはいけない言葉
痛いに頷いてはいけない
少年は首を必死に横に振り、態度でそれを示した
「じゃぁ怖い?」
同じようにブルブルと続けて横に振る
正しい行動のはずなのに少年はこの後の流れに気づいて顔を真っ青にさせた
ガタガタと震え、奥歯がカチカチと鳴って収まらない
少年は抱えられた体をバタつかせ彼の腕から飛び降りた
この何もない部屋では隠れようもないのに、部屋の隅に駆けていく
部屋の隅で自分の体を守るように小さく縮こまって丸くなった
彼はそれを遠くから蔑むように眺め、1つため息をつくと、一歩一歩足音を響かせて近づいた
そして自分の身体に腕を巻き付けて必死に守る少年の近くまで歩み寄ると、丸まった身体を勢いよく蹴り上げた
小さな塊になった少年は軽々と飛ばされて倒れこんだ
手足を投げ出して倒れたところを胸倉を掴んで部屋の中央まで引きずっていった
「あーーーーー!」
甲高い奇声をあげて泣き叫ぶ少年に彼は容赦なく拳を振り下ろしていく
骨がぶつかる音が部屋に響きわたり、お腹の奥から絞り出すようなうめき声が聞こえる
シャツが捲れ、素肌が露わになるとそこに無数の痣が見え隠れしていた
彼は投げ出された太ももの内側を執拗に踏みつけて、悶える姿を真上から見下ろしている
両手で顔を覆い、拳を遮ろうとするその姿を見ると一層、傷つけたくてたまらなくなるのだ
ひたすら殴り続けた手からは自分か少年かは分からない血が点々と飛んでいた
彼は気がすむまで殴り、欲望を満していく
ふと我に帰った時、少年は泡を吹くようにぐったりと腕を大の字に伸びていた
肩で息をしながらそれを見下ろすと彼は少年に向かって呼びかけた
「ユウ?おきて?ユウってば...」
ぐったりとしたまま反応がない少年を真下に、彼はおもむろに胸ポケットからタバコを取り出した
煙草を咥えると火をつけて、落ち着かせるように一息つく
ユラリと煙を吐き出すと、そのままその火を少年の手の平に押し当てた
ジュッと肉の焼ける匂いと激しい痛みに少年は目を見開いて飛び起きた
「あぁ、よかった...ユウ!おきて?」
目覚めた少年の 額からは血が流れ、唇が青紫色に腫れ上がっていく
楽しそうな彼の顔を見ると、少年はこの後に何があるのかを認識した
無意識の少年の太ももの間から水溜りが広がっていく
「あーぁ、粗相しちゃったねぇ」
呆れたように、笑うと彼は少年の頬を舐めあげて小さく柔らかい耳朶に歯を立てる
「ひぃっ!!」
痛みに耐えかねて彼に縋るように腕を伸ばした
彼はそれを受け入れるように少年を抱きしめて自分の膝に乗せる
「ユウ、俺以外好きって言ったらダメじゃん」
意味は理解できないが「好き」の言葉が入っているから少年は頷いて彼に答える
「俺が好きでしょ?」
今度はもっと力強く首を縦にふる
「俺が怖い?」
怖いは首を横に振る
彼は少年の答えに満足するように舌先で唇を舐めあげる
切れた口の端を愛しむように味わった
彼はだらしなく開いたその中に自分の舌を無理やり押し込むと、乱暴に搔き回して味わった
息継ぎに仰け反る少年の頭を押さえつけて、さらに息ができないよう深く奥に舌を滑り込ませる
「はぁっ...」
充分味わった後、名残惜しいように舌を引き抜くと、唾液が糸を引いて二人を繋いだ
少年の目はそれだけで蕩けて潤んで滲んでいく
少年はこれが始まるともう殴られないことを知っている
すべてを許されて別人のように優しくしてもらえるが待ち遠しくてたまらなかった
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