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大事な名前
何かを期待したその目を裏切り続けてきた彼はユウになにを語りかければいいのかわからなかった
椎名のようにおちゃらけてユウに合わせて会話をするなんてできるわけない
そもそもユウがなにを喜び求めているかなんて分からない
下唇を噛みながら一言も出てこない自分が歯がゆくてまっすぐ見つめるユウから目を逸らした
「...やっぱりいい」
そう言ってぬいぐるみをユウの手の中に戻してやる
「やってあげなよ」
「できないからいい」
ユウは戻されたぬいぐるみに視線を落とし残念そうにうなだれた
あーぁ...とため息が今にも聞こえて来そうな気がした
そんな事は一度も言われた事はないけれど
「なんでさー、そうやって...」
「だから嫌だってば」
ユウの頭上で2人が言い争う声が聞こえる
上目遣いに2人の顔を交互に見ながらユウは急に不安を覚え胸を押さえた
手から離れたぬいぐるみはコロコロと膝を転がっていく
「俺はいいんだって」
「だから...」
彼らの声が少しだけ大きくなった時、お互いの手に何かが触れた
小さくて暖かい...2人が同時に視線を落としてみると
それは2人の間に座りこんだユウの小さな手だった
「なに?」
ユウは2人の手を同時に握って何かを訴えようとする
「あ...ぁぁ」
「なに?何がいいたいの?」
いかにも不安そうなか細い声だった
すると椎名は何かに気づいたようにいった
「もしかして、ケンカしないでって言ってるんじゃない?」
「そんなわけないじゃん。ユウに分かるわけないよ」
「そんなことないよ。ねぇ?ユウくん」
ユウに向かってこれでもかというくらいの笑顔を見せて椎名は言った
「ごめんね?ケンカしてないよ、嫌だよねぇ...怒ってばっかりは」
「あ..ぅ...」
まるで本当に椎名の言葉が分かるようにコクンとうなづいて表情を変えた
「ほら!やっぱり!ユウくんは優しいなぁ」
彼もこれには少し驚いた
今までこんな風にユウが意味を訴える行動をすることはなかった
それは椎名がずっと語りかけ、ユウの言葉にならない声に耳を傾けてきたからなのか
それとも自分はずっと気づかなかっただけなのか
彼は椎名に顔を向けるユウを引っ張って耳に唇を寄せた
手のひらで隠してそっと何かを囁いてみる
「...?.」
少しくすぐったい素振りをしながらユウはそのまま彼の言葉を最後まで大人しく聞いていた
「わかったの?ユウ」
期待はしていなかった、分かるわけない
そう思ったのにユウはぱぁっと顔を明るくして彼の首にしがみついてきた
実際どこまで分かったのかは分からない
だけどユウの反応を見て彼は思わずニヤケてしまう
2人の様子を見て椎名も思わず声を大きくして体を乗り出した
「え!なに?なんていったの?今」
「やだ、ゼーッたい内緒、なぁ?ユウ」
彼は絡みつくユウを抱きしめながら意地悪く笑った
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