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約束

「とりあえず乾杯」 そういって二人でグラスを傾けるとキンッ重なる音がした 二人で向かい合って座り半分ほど飲んだ時、椎名がふっと笑った 「なに?」 「あ...いや...今日のユウくんかわいかったなぁと思ってさ」 初めてのユウの誕生日、大きすぎるほどのケーキをほおばりうっとりするようなあの顔を思いだして思わず吹き出してしまった 「あぁ...ユウがあんなに甘党だとは思わなかった」 つられるようにしてミツルも笑いもう一度グラスに口をつける 「よっぽどおいしかったんだね、誕生日なら...もっと早く言っといてくれれば良かったのに」 初めてだというならなおさら人並みにお祝いをしてあげたかった プレゼント一つ用意できなかったことを椎名は心苦しく思っていた 「あぁ...だって急に思いついたんだもん」 「忘れてたってこと?」 ミツルは椎名から目を逸らすようにしてグラスに残った泡を見つめている 「....ユウの誕生日なんか本当は知らないんだよ」 「どういうこと?」 小さくつぶやくミツルの言葉の本意が分からず椎名は首を傾けた すると彼は鼻から吸った息を一気に吐き出してはっきりと言った 「俺はユウの誕生日も、年齢も、名前だって...本当は何も知らないんだ」 「...なに?それ...どういうこと」 あまりにもミツルの言っていることが分からなくてうまく切り返すことができない 「ちょっ...ちょっと待て...えっと...それ...え?」 頭を抱えるようにして言われた言葉を反芻する しかしそれは到底理解できる話ではなくて椎名の頭はクラリと回ってしまいそうだった 何も知らないとはどういうことだろうか 椎名もずっと気にはなっていたがミツルが自分から話してくれるまで待ってみようと思っていた それにユウの彼への懐き方は見ず知らずの他人では到底あり得ないほどに深いものだと見受けられる 暴力を差し引いても彼に対して絶対的な何かを持っているようだった 「それは...聞いてもいいのかな...話してくれる気になったってことでいいのかい?」 それはミツルが変わろうとしているからなのか、ただ単にお酒が入っているからなのか お酒が入らなければ口にできない話なのか... どちらにせよ今ここで彼から聞かなければ今後一生聞けない気がした 「先生には...いつか聞いて欲しいと思ってた...から」 椎名と目線は合わさずグラスを握りこんだ指先が震えて見える 「長くなるかも....聞いてくれる?」 そういって小さな声で申し訳なさそうに話し始める 時計の秒針がやけに響くほど部屋は静まり返っていた 「ユウはね、俺が見つけたペットだったんだよ」

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