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「どう?一人暮らしは?たのしんでる?」
その日は先生の診察日
「ふつう。可もなく不可もなく」
「ははっ!!渋いこというねぇ」
いつもと同じ雑談をしながら俺は先生に聞いてみた
「先生って子供ほしくなったことある?」
すると先生はびっくりしたような目で俺を見た
「え?急にどうしたの?!」
「なんとなく...」
先生は少し考えてからにっこり笑って頬をかく
「そうだなぁ、将来的には欲しいなぁ...僕子供大好きだもん」
まるで今子供がいるかのように屈託なく笑うからこっちまで力が抜ける
「僕ね、本当は保父さんになりたかったんだよねぇ」
「じゃぁ何でならなかったの?」
「医者家系だからかな...結局いわれるがままって感じ、情けないよね」
先生は自分の嫌なこととか弱いとことか知られたくないこととか全部見せてくれる
患者さんは他人に言いたくないことも話てくれるから自分のことも話さないとフェアじゃないでしょう?という
先生はいい人だけどバカがつくほどお人よし
こんなんで精神科医なんて務まるのかな...例えばひどく崩壊しているような人間を治したりできるのだろうか
例えばそう...俺みたいな
「どうかした?」
ぼんやりとした俺を覗きこんだ先生に向かって笑いながら立ち上がった
「ううん、なんでもない、今日はもう帰るね?先生」
病院を後にして適当にコンビニで食べるものを買って帰る、今日はバイトは休み
久しぶりに早く帰って早めに寝られるかな...
それは隣が静かだったらの話だけれど
家に帰ってコンビニの袋を無造作に床に転がしてベランダに出る
部屋が狭いから煙くなるのが嫌で俺はベランダで煙草を吸うようにしていた
狭いベランダで柵に手をかけ煙草に火をつける
ゆっくり煙をくゆらせながら何気なしに景色を眺めていたときだった
カタンーー
何かの物音がして俺はあたりを見渡した
「...?」
もう一度、カタンとして音のほうに目線を向けた
それは隣のベランダ
薄い防火扉の向こうに誰かの気配がした
なんとも無しに俺は少しだけ乗り上げるようにして隣のベランダを覗いてみた
すると肌着姿で丸まるようにうずくまった小さな子供がそこにいた
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