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「忘れ物ない...?」
玄関先で声をかけられて椎名は今一度自分を確認した
殆ど着の身着のままここにやってきていたので忘れるほどのものはない
最初に持ってきたある程度の医療道具が入ったバッグが一つだけだった
ユウの傷はもうすっかり癒えて自由に歩き回ることも腕を上げることも問題なくできるようになっていた
「大丈夫だよ、それにすぐ戻ってくるしね」
そう笑って答える椎名に対してミツルはひどく浮かない顔だった
やっと自分の過ちに気づきやり直そう、やり直したいと思ったのにその指南役がいなくなってしまっては不安で仕方がないのだ
ほんの2、3週間の予定だというのに椎名がいないという事が、ミツルにとってまるでブレーキが利かない車にでも乗せられているような...そんな気分だった
緩やかに動いている分にはまだ問題ない、気を付けてハンドルを握れば危険は回避できる
だが一旦加速してしまえばどうなってしまうのだろう
コントロールが効かないのは今も昔も変わっていないのだから
「...ミツルくん、そんな顔しないの」
「...でも...」
今にも不安を漏らしてしまいそうになった時、ミツルは自分の手が引っ張られていることに気が付いた
「ぅ..あ?」
彼の見下ろした視線の先にはユウがキョトンとした顔でミツルと椎名の顔を見比べていた
玄関まで見送ろうと手までつないで連れてきたのに自分のことでいっぱいになってその存在を忘れてしまっていた
「ほら、そんな顔するからユウくんが心配してる」
クスクス笑いながら椎名は膝を折ってユウと顔を合わせる
「ユウくん、ちょっとだけお出かけしてくるからね」
椎名は言葉が分からないユウに向って丁寧にできるだけ分かりやすく今後のことを説明していった
どれくらいの期間帰るのか、帰ってきたらどうするのか、何をしに帰るのか...
「言っても分かるわけないじゃん」
ミツルがそう言っても椎名は止めることもせず一つ一つ話して聞かせた
ユウはポカンとしながら聞いていて時々”分からない”と助けを求めるように彼の顔を見上げた
言っても分からないから話さないのは違うと椎名は思う
特にユウの場合は話したいという意欲をすごく感じることから話を聞かせてもらえないから分からないのだと思っていた
ミツルの教え方は簡単な単語だけ、そこで何を感じるかと考えたりすることを彼は教えてこなかったようだ
戻ってきたらそれを彼にもきちんと教えてあげたいと思っている
誰もが感情があり、自分で考えながら模索して生きているということを
彼以外を認めさせないようなやり方はもう終わりにしようと伝えてあげたい
「ユウくん、ちょっと手をかして?」
椎名はずっと頭に?マークを浮かべている少年の手から小さな小指をつかんで自分のと絡ませる
「覚えてる?これ、赤ちゃん指は約束の指だよ」
覚えているのか理解できているのか分からない
ただじっとユウは指の絡み目を見つめていた
「帰ってきたらまたいっぱい遊ぼう、またいっぱい教えてあげる」
約束するよと指を切ったあと不意にユウの耳元に顔を寄せて小さな声でつぶやいた
「......」
するとさっきまで困っているような顔だったユウが瞬時にぱぁっと明るくなった
勢いよく頷いてとびっきりの笑顔で椎名を見つめる
「ふふ、良かった、分かってくれたみたい」
「なに...なんて言ったの?!」
ミツルが食いつくように聞いてきたけれど椎名は笑うだけで教えてはくれなかった
「じゃぁ、ちょっと...行ってきます!」
手を上げて笑顔で扉に手をかける椎名の背中をミツルはユウと手をつなぎながら見送った
行ってきますは必ず戻ってきてくれる証拠だ
何も心配なんて要らない
そう自分に言い聞かせるように遠ざかる足音を聞いているとユウがまた手を引っ張てきた
「なぁに?」
「うー...」
何かを言いたげなその顔はとても嬉しそうだった
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