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椎名は小さなベットサイドの明かりの中、眼鏡をかけながら手にした書類の小さな文字を追っていた
その内容はやはり千春に渡されたマナトの身辺調査だった
「ふぅ...」
ひとしきり読み終えると目の疲れがどっと押し寄せて目頭を押さえる
本人にはまだ何も聞いてはいないのだからどこまでが真実かは分からない
けれど、優秀な千春が雇った相手だ
この内容な大方は真実なのだろう
その生い立ちの辛さには椎名も胸を痛めるほどだった
ユウといい、マナトといいどうしてこうやって子供が大人の身勝手に振り回されなければならないのか
自分が医師として働いていた時も子育てに悩みを抱えたり、うまく子供を愛せないと相談にくる人を何度も見て来た
そこでは自分なりに治療にあたってはいたものの、周りはどうしてあげることが本当の正解なのか....こういったことを聞かされるたびに答えが出なくて参ってしまう
けれど椎名は全部を読み終えた時、何かがストンと腑に落ちていくのを感じた
マナトがどうしてユウにばかり攻撃的になるのか
その謎がほんの少し解けたような気がしたのだ
事あるごとにユウに手をかけている自分たちをマナトはどんな気持ちで見ていたのだろう
親でも兄弟でもない椎名達のユウの守り方は、一番大事にされるはずの親にその愛をもらえなかったマナトにどのように映ったのだろう
なぜユウはこんなにも周りに愛されているか
どうしてみんなユウのことばかり可愛がるのか
そしてその気持ちが次第に嫉妬を産み、憎悪に変わっていったと考えれば説明がつく
マナトにはユウがとても幸せに見えていたのだろう
なぜなら彼は知らないからだ
今までのユウがどんな風に扱われ、どんなふうに生きてきたのかを
もう少し早く、マナトの気持ちに気付いてあげればよかったと椎名は深く後悔をした
もっと早く話をする機会を持ってあげれていればこんな風にすべてを調べ上げる必要などなかったかもしれない
「あぁ、もう僕っていつもちょっと遅いんだよな....」
頭を抱えた椎名は項垂れながらため息をついた
それにしても今のマナトの生活状況もとてもじゃないが放ってはおけない内容だった
未成年で家にも帰っていないとなると生活の基盤がまともなものではないだろうと予想はしていた
自分を訪ねて来た時や涼介に対しての振る舞いからもそれはたた感じる事があった
けれど渡された真実は想像よりも悪そうだ
調べによるとマナトがよく出入りしているクラブでは売春とドラックが横行して、今水面下で警察が動いているとの情報がある
そしてその中心となっている人物は”樹”という成年で、マナトは彼とよく行動を共にしていると記してあった
察するに今日もユウを置いてマナトが会っていたのはこの本人かあるいはこの関係者か
この年頃に危険なことに手を染めてしまう気持ちは分からなくもないが知ってしまえば放っておくわけにはいかない
もしこの情報が本当なら捕まってしまえば自分たちも手をだせなくなってしまう
「なんだかこの子も大変だな」
子供の成長にとって"正しい道を示す者”がいないということがどれだけ罪深いことなのかと考えさせられる
椎名が資料をもう一度読み返そうとした時、そばに置いてあった携帯が震えた
もうだいぶ時間も遅いというのにこんな時間に一体誰だろう....
椎名が深く気にすることなく相手を確認するとそこには涼介の名前が表示されている
「もしもし?」
「......」
通話になっているはずなのにガチャガチャと何やら雑音ばかりで電話の向こうから返事はない
「もしもし?涼介?」
不思議に思った椎名が今度はもう少し大きな声で彼の名前を呼ぶと受話器の向こうから誰にいうでもなく聞こえてくる声
「おいっ!しっかりしろーーーーおい!っ....なにやってんだよっ...」
珍しく慌てふためいている涼介の声に椎名も驚いて思わず声を荒げて呼びかけた
「どうした!?おいっ!!涼介!?もしもしっ!?」
するとその声がやっと届いたかのように涼介の声が今度ははっきりと椎名に向かって答える
「マサキか!?悪いけどすぐ来れるか?!」
「どうした?なにかあったのか?」
こんな風に夜中に助けを求めるような男ではないことは長年の付き合いで知っている
そんな彼がこんなにも慌てて一体どうしたというのか
しかし椎名は涼介が発した一言に凍り付いて耳を疑った
「マナトがっ...手首を切った」
「なっ...に...」
「だからっ!!マナトが切ったんだって...くそっ!!血が止まらねぇっ!!いいからさっさと来いよ!!」
椎名はベットから飛び降りるようにして部屋を飛び出していた
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