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文汰の思惑
「あの女、少しは役に立ったな」
「綾瀬家のご令嬢の方ですか?」
「そうだ。白を追い出したと言った時はその場で殺そうかとも思ったが、まぁいい」
黒い笑みを浮かべながら、文汰は白の変化を思い出す。
あの事件がある前は、積極的に紡を連れて外に出たがっていた。散歩が好きだった。その時の景色を写真に撮り、何度も文汰に見せてもらったこともある。
しかし、最近は1人では外に出られなくなった。怖いのだ。もし外に出て、紡に何かされたら。自分に何かされたら。
「ちょうど、1人で外に出したくないと思っていたから良かった」
「いつでも、どこにいるのか把握しているのにですか?」
村田の言葉に、文汰はにんまりと笑いながら「そうだ」と呟いた。
「文汰様。白様が外に出られたみたいですが、少々様子がおかしいです。歩いているにしては、スピードが早すぎます」
村田の報告に、文汰は慌てて会社を出た。車では遅いと、会社に常に置かれいている自分のバイクに跨がり猛スピードで自宅に向かう。村田も車で後ろから追いかけていた。
家に着き玄関のドアを開けると、何故かあの女が笑顔を浮かべて立っていた。自分が出迎えるのが当たり前と言うように笑いながら、おかえりなさいと言ってくる。
そして、文汰の手を握ろうと手を伸ばしてきたので思いきり叩いた。
「あ、文汰さん?」
「……白をどこへやった」
「え?」
「どこにやったと聞いているんだ」
遠くで紡の泣き声が聞こえる。そして、白がここにいる様子もない。いや、ここにいないのは確実なのだ。
何せ、白がここにいると言う反応がないのだから。もうどこにいるのかも分かっている。
もし女が、正直に白状すれば少しは“罰”を軽くしてやろうと思ったのだ。
しかし、女は訳の分からないことをわめきだした。自分の方があの男よりふさわしい、あなたのとなりにはあんな男はふさわしくない。
「もし私と結婚してくださるのなら、父に頼んで契約を、」
「面白いことを言うな、女」
面白いと、文汰はそう言ったのに笑みの1つも浮かべなかった。ただ冷たい視線を女に向けるだけ。
女の方にしたら何がなんだか分からなかったことだろう。
何せ、この状況になる前まで文汰が自分を選んでくれると思っていたのだから。
「今思い出しても笑えるな。あの女の、絶望した表情。傑作だったとは思わないか、村田」
「そうですね。きっと今も、安い金で自分の体を売りながらもこれは夢だと思っていることでしょう」
「そう。あの女は、白のことを薄汚い男と言った時点でこうなる運命だった」
白とことをバカにするのであれば、どんな奴でも許さない。
「それより、村田。今白はどうしている?」
「はい。いつもと変わらず、家の中に居りますよ」
そう言って村田が見せてくれた、タブレットに写し出されている文汰の家の間取図。その図にあるキッチンの部分に、お守りであるクローバーのマークが映っていた。
「そう言えば、今日はハンバーグとか言っていたな。村田、お前も食べるか?」
「はい。文汰様のお誘いなら、喜んで」
文汰は、今一所懸命ハンバーグの種を作っているであろう白を思い浮かべながら、クローバーのマークを指でなぞった。
END
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