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第一夜
「凄い。あんな綺麗な蝶は、今まで見たことがない」
ふわり、ふわりと優雅に舞う。
あれは紫なのか青なのか。
初めて目にした、不思議な色合いの蝶に、安達 要 の目は釘付けになっていた。
普段はプロのモデル相手にシャッターを切っているそこそこ名の知れたカメラマンである安達だが、綺麗なものは人であろうと虫であろうと撮らずにはいられない。
自身に対する興味は限りなく低いせいか、常に鳥の巣を乗っけたようなボサボサ頭の冴えない男ではあるが、綺麗なものが大好きだ。
そして、生命力溢れた美しい被写体を見つけた時に発揮する集中力は並々ならぬものがある。
額に汗を浮かべ、少し鼻息を荒くしてシャッターを切る。
Tシャツに短パン、足元にはサンダルを引っ掛けた30半ばのおじさんが無我夢中で蝶相手にレンズを向ける姿は異様だが、幸いなことに殺人的に熱い日差しが照りつける猛暑日に、山奥まで散策をしに出かける阿呆は安達しかいなかった。
そもそも、観光名所もろくにない田舎の、しかも木々が鬱蒼と茂る山中に足を伸ばそうと思う人は稀だろう。
それでもわざわざ安達がこの山を避暑地に選んだのは、この山が、麗しくも美しい昆虫たちの楽園だからだ。
「そうだ、この蝶の美しさを大勢の人に見てもらいたい……!!」
首から下げたカメラの代わりに、ポケットに忍ばせたスマホを蝶に向ける。
まるで『撮って』と言われているような角度で目の前を飛んでいた蝶を、安達は迷うことなく画面に収めた。
「ああ…最高っ!すごく……すごく綺麗だ……」
額から流れた汗を首から下げたタオルで無造作に拭い、たった今撮ったばかりの画像をネットにアップする。
いち早くそれに気がついたフォロワーが、1分と経たないうちに『いいね』とすかさず反応を返してくれたことに、満足してスマホをしまう。
だが、それが迂闊だった。
「え?……えっ、え?!」
ほんの一瞬、目を離しただけだった。
なのに、美しく舞う蝶は姿を消していた。たちまち、安達の顔から、サァ……っと血の気が引いていく。
「嘘……どこに、どこに行ったの?!」
四方八方に視線を走らせ、目を皿にして蝶を探す。
どこだ、どこだ、どこだーーー。
あんな美しい蝶にはきっと二度と会えない。
何としてでも見つけないと。
焦りながら、どうかもう一度だけでいいから会わせてください!!と半分泣きそうになっていると、視界の端にひらひらと舞うそれが飛び込んできた。
「あっ、居たあぁ!待って、お願いだから待って!!」
見つけたのは木と木の間。
かなり距離は離れてしまったが、諦める理由にはならない。
ほんのわずかな隙間から見え隠れしている蝶を、決して逃すまいと安達はサンダルを脱ぎ捨て全力で走り出した。
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