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第ニ夜

脇目も振らず蝶の姿だけを視界に捉え走り抜けた。どれ程の距離を、どれくらいの時間をかけて走ったかもわからないが、ようやく安達は足を止めた。 「やっと……やっと追いつけた。あ〜疲れたぁ」 ふらりとよろけ、ガラスで作られた箱ーーー温室と思しき壁に手を着いた途端、全身からどっと汗が噴き出した。 汗だくどころか、どこかで沼に嵌ったのではないかと思うほど、全身汗まみれ。 心臓が飛び出るのではないかと思うほど鼓動は乱れに乱れ、足裏は土まみれになっていた。 こんなに全力で走ったのはいつぶりかと思うほど頑張った。 お陰で、蝶との距離を縮めることに成功した。安達は思わず嬉しさから、元々垂れている双眸をさらに下げて、『へへへっ』と笑ってしまう。 (とりあえず、この中にさっきの蝶はいるはず……) 半開きになった扉の向こう側に蝶は消えた。 こんな山奥だというのに温室は寂れていない。 定期的に手入れをされているのだろうが、人の気配は皆無だった。 少し離れた場所に所有者が居るであろう古びた洋館らしきものが見えたが、雨戸はきっちりと閉められていて、とてもじゃないが人がいるとは思えない。 「すみません……ちょっとだけお邪魔します!」 しばし考えるも、安達は好奇心に勝てず、そろっと足を踏み入れた。 思った通り、温室には外と同じく木が植えられており、どこかの森林の中のようになっていた。だが不思議と、外よりも若干涼しい。 「す、すごい……。ここは楽園?」 見渡す限りの視界の中で、色とりどりの蝶が所狭しと舞っているのを見て、安達は思わず呟いていた。 白や黄色や、深緑や鮮やかなブルー……。 一体何種類の蝶がいるのか、ぱっと見じゃわからないくらいの蝶がそこにいた。 「すごい!凄い!!凄すぎるっ!!」 人間、感動すると語彙力が著しく低下するのだろう。 感動しすぎて凄いとしか言葉が出ない安達は条件反射でカメラを構えた。 「こっち向いて!そう!!あぁ〜、とても綺麗だよっ!!」 当然のことながら蝶に言葉など通じない。 だが興奮した時の癖で、安達は饒舌に蝶へと語りながらシャッターを何度もきる。 「美人っ!いや、美蝶だぁ!!あ〜〜、もうっさいっっこうだよ!!」 「感動していただけたなら何よりです。大切に育てた、私の自慢の子たちなので」 「ーーーひやぁあ?!!!」 唐突に、一人きりだと思っていたところに後ろから声をかけられ、安達は情けない叫び声をあげ文字通り飛び上がった。 最初は驚きに、そして相手を見てますます目を見開く。 「ーーーっ!!」 (なんつっーー美人さんっ!!!) そこにいたのは、稀に見る麗人だった。

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