「なぁ、何で男なの？」 最低温度に設定しても効きの悪いエアコンが音を立てている公民館の一室で、シャツを脱ぎながら祥爾(しょうじ)が聞いた。タンクトップが、大人になり切っていない薄い筋肉に覆われた身体を包んでいる。 「この土地は神様は女だから、女が踊ると嫉妬して暴れるんだって」 携帯をいじっていた夏生が答える。 画面の上を滑るごつい指。造園仕事をこなす大きな手は、十九歳という年齢よりずっと大人に見えた。 冒頭の笛の音を出しながら音量を調節する。 何度聞いても間延びした変な音だな。 神楽に興味があるわけじゃない、夏生といる口実が欲しかっただけだ。 「それで男が踊ってご機嫌とるんだ」 「おい、始めるぞ」 数えで二十歳になる夏生が例祭で踊るのは今年が最後。その最後の年に俺もようやく舞のできる年齢になった。希望者がいないから簡単に相方になれたけど、踊るのは見た目より大変だった。 夏だし、着物の上に更に薄い衣装を着けるからむちゃくちゃ暑い。少し動くだけで汗が噴き出してくる。扇風機を強で回しているせいで髪がぼさぼさになって集中もできなかった。 でも夏生は違う。 舞い始めるとあいつのまわりの空気が変わる。見えない何かに目の焦点を合わせ、重心を落とす。床を踏み鳴らす動きで、地面がそこにあるって教えてくれる。 踊りに興味が無い俺にだって違いが分かる。 「祥爾、鈴の前まで覚えたら合わせるから」 ぼうっと見とれていたのを見透かされた気がしてはっとした。 「ああ？大体覚えたから合わせようぜ」 「ほんとに大丈夫か？」 「高校生の記憶力をなめんな、一回踊ったら身体が覚えるから、もう大丈夫だよ」 しょうがねーな、とでも言いたげな表情で夏生が音楽を一旦止めた。 黙って位置につき、構える。首にかけたタオルで額を拭いながら夏生が一つ深呼吸して目を閉じた。 さあ、神にささげる舞を始めよう。