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章斗、餅を焼く 後編
章斗は紘希の制服に手をかけ、ワイシャツのボタンをプチプチと外していく。
さすがに何をしようとしているかは紘希にも察せられた。紘希としても、章斗が泊まりに来るのだから、そういった行為をする気満々ではあった。しかし、なぜ自分は拘束されているのだろう。
シャツの前をはだけると、章斗は満足そうに紘希の腹を撫で、そのままベルトへ手を掛ける。
「ちょ、待って…」
紘希は制止したが、章斗はベルトを抜き取り、ズボンの前を寛げ、下着ごと一気にずり下げた。そして、ためらいもなくそこへと顔を寄せていく。
「えっ、ちょっ、うそでしょ、香寺さ…章斗さんっ!」
たまにしか呼ばない下の名前で待ったをかけると、章斗はちらり、と紘希の方を向き、にへ、と嬉しそうに笑った。が、それも一瞬で、露になった紘希の性器にちゅっと口づけた。
「っ!…うそでしょ…っ」
びくっと反応した紘希に気をよくしたようで、まだ萎えた状態のそこに章斗はちゅっちゅとキスを落とす。
紘希と章斗の行為は、男同士ということを除けばいたってノーマルなもので、今まで口でなんて、一度もしたこともさせたこともなかったのに。
「っ…章斗さん…っ」
ぬるり、と章斗の舌が這う感覚に、紘希は身震いした。異常な状態ではあるが、章斗にそんなことをされているというだけで、体は素直に反応してしまう。
「ん、おっきくなってきた…」
「ちょ、」
言葉通り、紘希のものはすっかり成長してしまっていた。章斗は手で幹を握り、吸い付くように唇で先端を食んでくる。
「ね、ちゃんと気持ちいい?ここ好き?ここ舐めたらびくってする……んっ…」
「気持ちいいから、実況だけはやめてまじで…!」
恥ずかしくて顔を覆ってしまいたい、というかやめさせたいのに、両手の自由を奪われて何もできず、紘希は懇願するしかない。
紘希が感じていることに満足した様子の章斗は、ついにそこにぱくりと食いついた。熱く滑った口腔内に、紘希はぶるりと腰を震わせる。
「んっ…ん、ふ……っはむ…っ」
章斗は懸命に奥まで咥え込み、舌を絡ませて紘希を悦ばせようとしてくる。
正直に言えば、そんなに上手ではなかった。が、くふんと鼻を鳴らしながら懸命に奉仕し、気持ちいい?と上目遣いに紘希の顔をうかがってくる姿が、かなり視覚にキた。
「ぁっ…」
紘希が思わず短く喘ぎを漏らすと、章斗は嬉しそうに目を輝かせ、きゅ、と口腔で紘希のものを締め付けてくる。咥えきれない部分を両手で扱きながら、じゅぶじゅぶと激しく頭を前後させる。
「はぁ…っも、やば……っイキそうだから、放して…っ章斗さんっ」
「ん、んぅ…ぐ、んっ」
ちゅぽん、と章斗の口が離れ、紘希はほっと息をついた。今回はあっさりと願いが聞き届けられ、少しだけ残念な気持ちになりかけて、いやいやと首を横に振った。
その次の瞬間、股間に激痛が走った。
「いってぇ!」
見れば、イく寸前まで張り詰めた紘希のものの根元に、黒い髪留め用のゴムがぎゅっと食い込んでいる。
章斗がそこにゴムをはめたことは明らかで、どういうことだと彼を見ると、一瞬申し訳なさそうにしつつも、すぐにきゅっと眉根を寄せて宣告してきた。
「あ、ごめ…じゃなかった、いいって言うまでイっちゃダメだから!」
「はぁ!?」
紘希を置き去りに、章斗は自分の服へ手を掛け、はらりと脱いでいく。
章斗は紘希を覆うように乗り上げ、ベッドサイドのチェストからローションボトルを取り出した。ちょうど眼前に胸の飾りが来たので、紘希がそこにチュッとキスをすると、ぴくっと章斗の体が跳ねる。が、次の瞬間ぺしっとおでこを叩かれた。
「っ…ダメ!」
紘希は首を竦ませ、繋がれた腕を揺らした。
「ねぇ章斗さん、いい加減これ外してよ。あと、ちんこ痛いんだけど…」
「ダメだってば」
頑として譲らず、章斗はローションを手に出し、ぬちゃぬちゃと両手でこねる。どうするのだろうか、と紘希が見守る中、章斗はするっとパンツを脱ぎ棄て、紘希を跨ぐ形で膝をついた。興奮のためかうっすらピンクに染まった滑らかな裸体と、立ち上がりかけた性器も、惜しげもなく眼前に晒され、紘希はごくりと唾をのんだ。
「うっそ…」
今日は初めてのことばかりだ。
章斗は恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、ローションでぬるついた手を自らの尻に運ぶ。
「んっ…ぁ…っ」
つぷり、後孔に指を突き入れた章斗は、そのままそこを押し広げていく。くちゅ、ぐちゅ、と指が出し入れされる音が、章斗の吐息と共に響く。
まさか恋人のオナニーショーが眼前で繰り広げられるとも思わず、紘希は呆然としながらもじっと凝視した。
「ん、あ…っあぅ…はぁ…あ、あ…っ」
広げられた後孔はぎゅっと二本の指をきゅうきゅうと食み、ペニスはあっという間に心を持ち、とろりと蜜を零しだした。
章斗は気持ちよさに潤んだ目で紘希を見つめてくる。紘希に見られていることで、余計に興奮している様子が明らかだった。
「……章斗さん、気持ちいいの?」
声が上ずりそうになりながら、紘希は尋ねた。章斗はこくこくと頷く。
「ん、いい…っけど、もっと……っ」
章斗のもう一方の手が、ずっと我慢を強いられている紘希のペニスに触れた。限界まで張り詰めたそこは、ゴムが食い込んで痛くてたまらない。
「っ…」
ぺろり、と章斗が舌なめずりした。と、同時に、アナルから指を引き抜き、紘希のものの先端へそこを押し付けた。蕾が、ちゅうちゅうと紘希のものに吸い付くようにひくつく。
「えっ、ちょゴム…!」
取ってくれ、と訴える前に、章斗の腰が下ろされる。
ずぷぷぷぷ、と、まるでゼリーに飲み込まれているみたいに、あつい肉襞がねっとりと絡みついてくる。たまらない感触に、紘希はぎゅっと目を閉じ熱い息を吐いた。
「うっぁ…っ」
「あ、あ…あ……はぁん…っ」
章斗もぶるぶると震えながら、快感を耐え凌いでいる。紘希のものを半ばまで飲み込むと、はぁはぁと肩で息をしながら、こてりと紘希の上へ折り重なった。肩口に、熱い吐息がかかる。
「……すご、船橋の、おっき……中でビクビクしてる」
うっとりとそんなことを言ってのける章斗に、紘希は焦れてたまらなくなった。
「っく…も、章斗さん、俺も章斗さんに触りたいんだけど!」
「……だめ」
ちゅっと紘希の口の端に唇を落とし、章斗は体を起こした。そのまま、ゆっくりと腰を振り始める。
「ぁっ…つぅ…」
章斗の中はきゅんきゅんと紘希のものを搾り取るように締め付け、快楽にいざなうのに、根元に嵌められたゴムのせいで気持ちいいやら痛いやら。紘希は顔を顰めて耐える。
「はぁっ…あ、あ、あっ…っ」
章斗は喘ぎながらも、快楽にゆがむ紘希の顔を眺めてご満悦そうだ。
こうなったら、と、紘希は章斗が腰を落とすタイミングで、思い切り突き上げてやった。
「ぅやぁんっ!」
章斗の体が一際大きく跳ねあがった。そのまま、ずん、ともう一度ついてやると、へなり、と章斗の体が傾ぐ。
「……ちょ、ダメだってばぁ…!あ、あ…っぁあ…やぁっ」
「んっ、くぅ…も、限界、章斗さん…っ、も、手、解いてよ…っ」
「だめ…、俺が、するんだも…っ」
「お願い、章斗さん…ねぇ、俺に触られるの嫌?」
動きを止め、紘希はねだるように尋ねた。うっ、と章斗が息を呑んだのが分かった。お兄ちゃん気質の章斗は、どちらかというと甘えられたり頼られたりするのが好きなのだ。
「ん、や、じゃない…けど……っ」
少し気持ちの揺らぎを見せながら、章斗が首を振る。
「章斗さんのこと抱きしめたいなぁ……」
ぐずぐずに溶けた章斗が、紘希に撫でられたり、抱きしめられたりするのが好きなことも知っている。
しばし逡巡した章斗は、じっと紘希の両手を見つめ、ついに、おずおずとベッドヘッドに手を伸ばした。もぞもぞと拘束が解かれる間、早く早くと紘希の気は急く。やっと外された瞬間、紘希はがばっと起き上がり、逆に章斗を押し倒した。
「あんっ」
紘希は一度章斗の中から性器を引き抜くと、すぐにゴムを取っ払った。そしてまた、突き入れる。
「ひっ…ああぁぁぁっ!あ、あ、んん…っ」
「きっつ…っ」
「あ…っあ……」
一気に最奥まで押し入ると、章斗のペニスからぴゅくっと白濁が飛び出した。ぎゅっと締め上げられ、紘希はぐっと奥歯を噛んで衝撃に耐える。
「あ、あ…、ゴム、とっちゃ、ダメって言ったのにぃ…!んんぅっんっ」
涙目で詰ってくる章斗の口を、紘希は自分のそれでふさいだ。くちゅと舌を絡ませると、すぐに章斗は応えてくる。
「ぷはっ…はぁ…あ、あぁ…」
「はぁ…章斗さんの中でイきたい……ダメなの?」
紘希は章斗の顔を覗き込む。濡れた瞳がうっとりと細められた。
「あっ…あ、あぅ…ふ……だ、だっ…ぁ…だめ、じゃない…っ」
紘希はにっと口角をあげ、ごちゅごちゅと奥を突き上げた。その度、章斗はビクンビクンと体を跳ねさせる。
「んん、っ…ぁ、ぁ…っあ…!も、だめ、あ、イク、からぁ…っ」
紘希は章斗の体を掻き抱き、ぎゅっと肌を密着させた。背中に回った章斗の手にも、紘希を求めるように力が籠められる。汗ばんだ肌がピタリと触れ、二人の体温が交じり合う。
「ん、あ……熱い…っ」
紘希は章斗の中で果て、章斗も紘希の腕の中で体を震わせた。
その後、しばらく気だるげにベッドに沈み込んでいると、ややあって章斗が唸りだした。
「うううぅ…失敗したぁ…リベンジ…」
章斗はそう呟くと、腕を伸ばしてトートバッグを掴む。器用に中を漁ると、紐のついた大きめのクリップを二つ取り出した。
「何それ」
黙って眺めていた紘希が尋ねると、章斗はクリップを握り、じっと紘希の胸を見つめる。その意図に気づいた紘希は、ばっと起き上がって章斗から離れた。
「は!?待って待って待ってマジでそれだけは待った!!本気で無理だって!!超痛いやつじゃん!!」
乙女のように両腕で胸を隠し、ブンブンと首を振る。章斗ものそりと起き上がり、クリップをカチカチと鳴らし、首を傾げた。
「だって、これも本にあったし……痛いのが気持ちいいんだろ?」
やはり、そのクリップを紘希の乳首に装着しようとしているらしい。紘希は急いで章斗の手からクリップを奪い取った。
「あ!」
「何の本か知らないけど、俺痛いの好きじゃないし!なんで今日こんなことするわけ!?」
ついに紘希は核心に触れた。拘束したり、フェラをしたり、ゴムで縛って焦らしたり……とんでもない経験をさせられた。
章斗は不服そうに、唇を尖らせた。
「船橋、Mじゃないの?」
紘希はめまいを覚えた。SMという単語が出た時点で、そんなことを考えている気がしたが…
「俺、今までそんなこと言ったことあったっけ?」
「だって、船橋、意地悪な方が好きって……」
「言った?」
「徳永が……」
「あーいーつーかぁぁぁぁ!!!」
合点が行き、紘希はここにいない友人に殺意を覚えた。なんともいらない知識を章斗に植え付けてくれたものだ。
紘希はふう、とため息を吐く。
「徳永から俺がMだとか聞いたから昨日どっかおかしかったの?」
「それはみつやんが…」
言いかけて、章斗ははっと口をつぐんだ。しかし、紘希は聞き洩らさなかった。
「光山さん?そういえば、光山さんに対しても様子変だったらしいね。なんで俺と光山さんだけ……」
尋ねていくうちに、章斗はうつ向いてむっつりと押し黙ってしまった。紘希は眉根を寄せながらも、なるたけ優しく声をかけた。
「章斗さん?言ってくれないとわかんないし、俺じゃなくて他の人の言葉信じ込んでこんな突飛なことする前に、ちゃんと相談してよ。――俺、信用ないの?」
「そんなことない」
うつ向いたまま、ふるふると首を振る章斗。紘希は黙って、章斗の次の言葉を待った。
しばらくして、ぽつり、と章斗が言った。
「……みつやんが、ストライクって聞いたから…」
「え?」
「みつやんが、船橋の好みのタイプ、どストライクだって聞いたから!不安になっちゃったんだよ……」
「え、嘘……やきもちやいたってこと…?」
信じられず呟けば、章斗がはっと顔をあげた。その表情は泣きそうにゆがんでいる。
「俺が好きなのは章斗さんだよ」
とっさにそう告げると、章斗は頷きながらも、表情を曇らせていく。
「それは、ちゃんと、知ってるけど…っなんか、どうしようもなくって……」
自信を持てるよう、もっと紘希に好かれようと思って、徳永から聞いたという『意地悪』を頑張ったのだという。
ぼそぼそと告げる章斗に、紘希は驚きの気持ちでいっぱいだった。まさか、まさか、まさか。あの章斗が、嫉妬するだなんて。信じられない、しかし、胸を占める気持ちは喜び一色だった。
紘希がにやけそうな顔を必死に抑えていると、章斗はついにはらはらと泣き出してしまった。
「えっ、章斗さん!?」
「うぅ……船橋に嫌われたぁ…っ」
ぼろぼろと零れる涙をぬぐう章斗に、紘希はぎょっとした。
「なんでそうなる!?」
「だって、こんな、嫉妬深くてっ…やなやつって思った……だろ……っ」
「いや、むしろ、超うれしいんですけど」
ストレートに今の感情を伝えると、章斗はずぴずぴと鼻をすすりながら、紘希を伺ってきた。
「……ほ、んとに?」
紘希は力いっぱい頷いてやる。
「だって、それだけ俺のこと好きってことでしょ?」
「うん、好き、大好き」
こくこく頷く章斗にきゅんと胸を高鳴らせながら、紘希は章斗を抱き寄せた。
「……俺も割と嫉妬深いしね」
「そ、なの?」
「そう、それだけ章斗さんのこと好きってこと」
そう言うと、涙にぬれた顔ながらも、やっと章斗は微笑んだ。
「……へへ、うれしい…」
そうしてしばらく抱き合っていると、ふと紘希の目に紐が飛び込んだ。手の届く位置にあるそれに手を伸ばし掴んで、そのタオル地に触れていると、悪戯心が沸き上がってきた。
――いつも章斗に振り回されてばかりだから、たまには振り回してみようか。
「章斗さん、お仕置きしとこう。せっかくこんなのあるんだし」
「え?」
きょとんとした章斗の両手をとると、自分がされたようにぐるぐると紐を結び付けた。
「俺、どっちかというと、いじめられるよりいじめる方が好きですよ」
「そーなの?でも、俺もいじめられたい願望ないよ?」
結ばれた自分の両手と紘希の顔を交互に見ながら、章斗は困惑顔だ。それだけで、紘希の気分は幾分か上がった。
「言ったじゃないですか、お仕置きって。勝手に暴走したお仕置き。本気で嫌がることはしませんから」
「えっ、え…や、船橋…っ」
拘束された章斗はいつも以上に乱れてくれて、紘希をたいそう満足させた。
週の始まり月曜日。通学の電車内で小野原とかちあった光山は、改札を出たところで章斗を待つ紘希に出くわした。
「おはようございます」
向こうも光山達に気が付き、ぺこりと頭を下げてくる。小野原が目をキラッと光らせ、わざわざ紘希に走り寄っていった。
「おはよー、ね、ね、SMプレイしたの?」
「!やっぱりアンタか!余計な入れ知恵したの!」
怒鳴る紘希の代わりに、光山は小野原の頭をばしりと叩いてやった。
「暴力反対!」
ぶーぶーと文句を言う小野原を無視し、光山は紘希の方を向く。
「なあ、先週の、章斗の不機嫌な理由分かったか?」
金曜日、章斗は紘希と過ごしたらしいから、何かわかっているかもしれない。そう思って聞けば、紘希の相好がへらっと崩れた。え、と光山はあっけにとられた。
「いやぁ……なんか、俺のこと好きでしょうがないみたいで」
「は?」
思わず顔を顰めたが、紘希は気にした様子もなくあからさまににやついてしまっている。
「なんか、徳永から光山さんが俺の好みタイプって聞いて、やきもちやいたそうで」
「はぁぁ?」
ぽかんと口を開くことしかできない光山に、紘希は少し焦ったように付け加えてきた。
「いやいや、俺、光山さんのことは尊敬してますけど、恋愛対象じゃないんでご安心を!なんか巻き込んですみません。でも、香寺さんにもちゃんと言い含めてますんで、もう大丈夫です!」
二の句が継げない光山の隣で、小野原がぶふっと噴き出したのが分かった。その時ちょうど、改札の方から章斗がやってくる姿が見えた。
「香寺さん」
「おはよー」
紘希が呼びかけると、章斗はにこやかに笑いながら駆け寄ってくる。が、そのそばに光山の姿を認めると、一瞬、たった一瞬だが、むっとした顔をし、直ぐにふるふると首を振って笑顔に戻った。
「いやぁ、困っちゃいますね」
紘希も見逃さなかったようで、全然困ってない、むしろ嬉しそうな声でそんなことを言う。デレデレとした顔で。
――いやお前、そんなキャラだったっけ?
衝撃を受ける光山を置き去りに、紘希は章斗のそばへ寄り、二人でさっさと先に行ってしまった。
「いやいや待て待て…なんだこれ…!」
「やっばいバカップル過ぎ、ちょーウケる」
「ウケねぇよ!なんだこれ!俺だけ被害者じゃねぇか!」
光山の嘆きに同調してくれる人は、残念ながら一人もいなかった。
おしまい。
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