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第1話

今朝から、恋人と連絡がつかずにいた。 昼に彼の勤め先である洋食屋《太陽亭》を訪れたが、厨房にその姿はなく、依然スマートフォンのテキストチャットには既読がつかず、電話にも出なかった。いったい何があったのだろうと思うと心配で、不安で、気もそぞろになってしまい、昼休憩後、仕事がまったく手につかない状態だった。 宮田 圭一郎は上司に「体調が悪い」と適当に嘘をつき、マスト業務だけは片付けて仕事を早退した。それでも、勤務先である東京都庁を出たのは、午後3時前のことだ。絵に描いたような晴天で、太陽の光でジリジリと焼かれた肌は、すぐに汗ばんでくる。緑で覆われた桜並木には、けたたましい蝉の声が鳴り響く。連日の猛暑と耳につくその音には、いい加減うんざりしていた。 JR新宿駅から埼京線に乗り、板橋駅で降りる。そこから徒歩10分のところにあるワンルームマンションが、恋人の住まいだ。自宅に向かうまでに何度となく電話をかけたが、毎回、無機質なアナウンスが流れ、不安を助長させるだけだった。 ほとんど駆け足でマンションへと向かい、ロビーのエレベーターに乗る。6階の彼の部屋の前に着いた圭一郎は、とめどなく流れる顔の汗をハンカチで拭い、乱れた呼吸を整えながら、インターホンを押した。 一度目は応答がなかった。二度目はインターホンに加え、ドアを強くノックした。すると、部屋の中からドタバタと音が聞こえてくる。……縁起でもないが、この時点で恋人の生存が確認できて、ほっとした。次いでロックが解除され、ドアがゆっくりと開いた。 玄関に立っていた恋人の澤田 涼の姿を目にし、さらに安心したのも束の間、圭一郎は眉間に皺を寄せた。カート・コバーンの顔写真がプリントされたTシャツに、ネイビーのハーフパンツ姿のリョウは、明らかにぐったりとした赤い顔に、驚きと戸惑いを滲ませていた。 「……日にち、間違えてない?」 へなへなとした声で訊ねられたが、そんな馬鹿でも、おっちょこちょいでもない。今日は8月6日月曜日。明日7日が、リョウの誕生日だ。ちゃんと分かっている。 ……なるほど。誕生日の前日に風邪をひいてしまったわけか。状況を把握した圭一郎は、「汗臭いだろうが許してくれ」と言って、自分より12センチほど背が低い華奢な彼を抱きかかえ、部屋の中に入った。

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