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第2話

リョウとの関係は、かれこれ2年と1ヶ月半ほど続いている。 明日で24歳になるリョウと37歳の自分。今どきの若者と、秋の辞令で中間管理職への昇進がほぼ内定している壮年男性。世代の違いはさることながら、これまで歩んできた人生や性格もまるで違うが、意外と上手くやれるものだと気づかされたのは、結構前のことだ。 明るく能天気で、どこか掴みどころがないリョウを、世話焼きで真面目な自分が面倒を見ているようで、見られている。調理の専門学校を卒業後、《太陽亭》のコックとなったリョウが食事を作ってくれる代わりに、彼の部屋の掃除や洗濯は圭一郎がやる。一緒に風呂に入れば、身体や髪を洗ってやり、デスクワークで凝り固まった肩を揉んでもらう。休みが重なれば、免許を持っていないリョウを車の助手席に乗せて出かけ、服装に無頓着な圭一郎に代わって、リョウが買う服を選んでくれたり、評判の良い店で食事をしたり、映画を観たりして過ごす。 セックスは会う度にする。主導権を握ったり握られたり、尽くしたり尽くされたりしながら、睦み合う。盛りは過ぎているものの、まだまだ現役でやっていけると圭一郎は思っている。 リョウと過ごす時間が生活に違和感なく溶け込み、彼を中心に人生が進んでいるのを実感し、彼のいない日々を想像できなくなった。つまり自分はもう、深みにはまって抜け出せなくなっていた。 「けーくん、仕事どうしたの?」 ベッドの上で半身を起こし、圭一郎が作ったネギたっぷりの卵雑炊を食べていたリョウが、そう言えばと不思議そうに訊ねてくる。部屋には冷房の涼しい空気が充満しているが、少し前まで柔らかな湯気越しにいた彼の額には、汗が浮かんでいた。 「今日中にどうしても処理が必要な仕事だけ片づけて早退した」 「うそ、なんかごめん」 「お前が謝ることはない」 リョウは苦く笑って、最後の一口をれんげで掬い、完食した。食欲があるのが何よりだ。 「おれ、滅多に風邪ひかないのに……」 「夏風邪はバカがひくらしい」 「ちょっとー、貶さないでもらえますー?」 拗ねたように唇を尖らせる。高熱があり、怠そうではあるが、その他はいつもと変わらない。子供っぽくて、表情が豊かで、見ていて飽きない。思わず笑みが漏れ、寝癖がついたツーブロックの髪を撫でてやる。 「病院には行ったのか?」 「午前中に。それから帰って、ベッドでぐったり」 「……スマホは見てないか?」 「あ、もしかして連絡くれてた? ごめん、全然見れてない」 そういうことか、それなら仕方ないと目を伏せ、「構わない」とかぶりを振った。「薬はどこにある?」 「そこのバッグに入れたまま」 ベッドのそばに置かれたメッセンジャーバッグに、薬局の紙袋が入っていた。中身は顆粒の総合風邪薬に抗生物質、咳止めと鼻水を止める薬に、解熱剤だった。圭一郎はマグカップにミネラルウォーターを汲み、それらと一緒にリョウに渡した。 「ん、ありがと」 「あぁ。飲んだら横になれ。俺はコンビニに行って氷を買ってくる。氷枕の方がいいだろう?」 「助かります」 リョウはぺこりと頭を下げ、薬を服用すると、圭一郎の言う通りにした。ふーっと長い息を吐き出し、ぼうっとした目でこちらを見上げてくる。 明らかに落胆した表情だった。 「……この調子だと、明日はどこにも行けないかも」 「だろうな」 そう返せば、リョウは深いため息をついた。 「明日はお店の定休日で、けーくんは有給取ってくれたのに」 圭一郎はリョウを見つめた。 「ドライブデート、したかった」 「あぁ」 「水族館でクジラが見たかったし」 「……そうだな」 「美味しいピザ、食べたかった」 「仕方がない」 汗ばんだリョウの額を、ハンドタオルで拭いてやる。彼の誕生日である明日、彼の望みをすべて叶えてやるつもりだった。ふたりで計画を立て、店を予約し、当日を楽しみにしていた。 「風邪を治すのが、最優先だ」 「……はーい」 しょげるリョウを見て、苦笑がこぼれた。 「誕生日でなくても、いつだってできる」 「それはそうだけどさぁ」 リョウが残念がる気持ちは分かる。しかし、明日は引き続き、自宅療養だ。朝から晩まで、彼の面倒を見る。 「眠っていろ。すぐに戻る」 リョウの頭をくしゃりと撫で、圭一郎は立ち上がった。財布をスラックスのポケットに入れ、カードキーを拝借して部屋を出る。真夏のいきれた空気が身体にまとわりつく中、財布を入れた方とは反対のポケットに手を突っ込み、目を伏せる。 ……さて、どうしたものか。 手のひらに包んだそれを離して、圭一郎はエレベーターへと向かった。

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