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第3話

「――けーくんってさ、俗に言う愛されるよりも愛したいタイプでしょ?」 あれは、付き合って3ヶ月が経った頃だったか。……そうだ。「初えっちは、付き合ってから3ヶ月後くらいがいいらしいよ」と言われ、『待て』を強いられていた状態から解放され、思う存分リョウを味わい尽くした直後のことだ。 リョウとは昔、爛れた関係だった。その関係が切れ、1年以上の月日が流れたある日、突如として圭一郎の前に姿を見せた彼は、身持ちの悪さを捨て、自立も自律もした好青年になっていた。最後に会った際、自分が放った一言が、彼をそうさせたとは知らず、圭一郎は驚愕したものの、好意を寄せてくれる彼に歩み寄ってみようと思い、交際を始めた。 これまで散々、身体を暴き合ってきたのに、恋愛関係になった途端に学生カップルじみたルールを持ち出され、圭一郎は最初、承服しかねていたが、意外と頑ななリョウに最後は折れ、「代わりに3ヶ月の記念日には、俺の好きにさせてもらう」と宣言し、その当日をついに迎えたのだった。 自宅のベッドで、指一本動かすことすら億劫だと言わんばかりにぐったりとしているリョウの裸体に、何十回目となるキスの雨をあちこちに降らしていると、情事の余韻を残した甘く掠れた声で、ラブソングの歌詞のようなことを訊ねられた。 汗っぽい素肌から唇を離して、しどけない身体に覆い被さり抱きしめ、未だ淫らに乱れた呼吸を整えている彼の顔を覗き込んだ。ぼんやりとした熱と潤みを孕んだ目と目が合えば、やや垂れ下がった相手のまなじりがふにゃりと細まった。 「一生懸命で、すごくかわいかったよ。けーくんってそんな感じなんだ」 自分よりもはるかに年下の男にそんなことを言われたのは、これが初めてだ。これまで触れられなかった分、一度ついてしまった火は燃えに燃え、リョウが音をあげても責め続け、身体が馬鹿になるくらい滅茶苦茶になった。そんな俺を、コイツはそんな風に思っているのか……気恥ずかしくなり、無言でリョウを胸のなかに閉じ込めれば、くすくすと愉しげな笑い声が鼓膜を揺らした。 リョウの言う通りだ。物静かげな見た目に反して、愛情表現は激しいと言われてきたし、自分でもそう思う。身体のあちこちに、虫刺されだと言い訳できないほどのキスマークをつけ、腰はおろか全身を砕くまで抱いて、果てには彼の姿を独り占めせんとばかりに抱擁する。肉体だけの関係だった頃には考えられない自身の熱烈な行為に、年甲斐がないと胸のうちで自嘲しながらも、受け容れられた安堵感と歓びを感じていた。 「ねぇねぇ、俺のことは訊いてくれないの?」 「……訊くまでもないだろう」 緩やかなパーマがかかったダークブラウンの髪に頬を擦り寄せながら、圭一郎は言った。リョウがまだろくでなしだった頃、彼は金持ちの中年男性やご老体に取り入り、金銭的な援助を与えられて生活していた。顔が良く、男を手玉にとる術に長けており、色んな輩が彼の虜になっていたのを知っていた。 力が入らないなりに腕の中でもぞもぞと動く彼は、締まりのない笑みを浮かべて見上げてくる。 「愛されてきたのかな?」 「だろうな」 セレブのヒモは、至極楽しくて楽に違いない。一生そうやって生きていけるのなら、喜んでそうすれば良かったものを、それらの一切合切を捨て、リョウは圭一郎に振り向いてもらいたい一心で努力し、真人間となった。責任を取る、というわけではなかったが、ここで自分が振ってしまえば、彼は一体どうなってしまうのか、心配だった。 そう思わされた時点で、ひょっとすると自分もまた、彼の思惑にまんまと引っかかった馬鹿な男だったのかも知れない。しかし、それは間違いではなかったと圭一郎は思っている。リョウに心底惹かれていた。 「でも俺は、一度も愛したいと思ったことはなかったよ」 ……本当にどうしようもない、奔放な青年だった。 圭一郎よりはるかに経験人数は多く、何かと慣れているのに、恋愛経験はおろか、恋すらしたことがなかったという。リョウは面映そうに笑いながら、震える右手で無精髭が生え始めた圭一郎の頬を撫でた。 「だからね、愛されたいし愛したいのが恋なのかなぁ……なんて思っちゃったり?」 圭一郎はリョウの右手を包んだ。あまりにも照れくさいやり取りに、苦笑する他ない。しかし、胸のうちにある感情はそれだけではなかった。 薄い唇をやわく啄めば、舌がぬるりと入ってくる。緩慢とした舌と吐息の戯れ合いだが、劣情は少しずつ育まれていく。深い接吻の最中の、頭の奥がくらりと揺れる感覚がたまらなく好きで、圭一郎はさらに深くリョウの口を愛し、彼と蔦のように抱き合った。 これまで、彼に翻弄されてきた数々の男の心情がよく分かる。これは夢中になってしまう。 と同時に、圭一郎は優越感に浸った。彼らの愛とは一切向き合わなかったリョウが唯一、自分には惜しみなくそれを与えてくれる。嫌な男だと唾棄されようが、羨望されようが、知ったことではない。どうしようもなく、幸せだった。

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