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第1話
-薮蛇苺の伏龍-
僕は鼻を押さえながら、"いつもの集まり"から抜け出した。これじゃバカにされる。ティッシュを持っていない僕はただ鼻を押さえるしかなかった。止まるまで待つか、トイレまで走ってペーパーをもらってくるか。最近よく鼻血が出てしまう。構内の木陰にあるベンチに座って人がいないか注意して、それからやっと落ち着いた。でも鼻血は落ち着いていない。
いつもの集まり"はもう各々自分の教室に戻ったかな、と思った。「プリザード」と呼ばれていて僕を含めると全員で5人。投票か何かで選ばれて、選ばれるととにかく色々有利だった。たとえば掃除免除とか、委員会免除とか、学食1年間無料とか。ちょっと権力者みたいになっちゃうから生徒会みたいな仕事させられるのが厄介なんだけど。品行方正を目指すためのシステムとか聞いたけど学園の方針は外れてしまって、5人に入った僕以外は少し人格的に問題があると思う。特に、1学年上の宇佐木 さんは厄介だ。彼はとても乾燥した人だから。艶やかな黒髪も透き通るみたいに白い肌も潤ってるけど、問題は中身。元々女学園と合併したからここは少し女生徒のほうが比率が2割くらい多くて、プリザードには女生徒もなれるけど、ここ数年はずっと多少入れ替わったまま男生徒だけだし、宇佐木さんの女遊びは激しいし、そろそろ廃止した方がいいよ。
「大丈夫かい?」
鼻血姿を見られたくなくて、そもそもは目立つプリザードなんかにいるから人目を気にしてしまうんだ、とプリザードそのものへの悪態を内心吐きかけたところで視界に入ったのは、僕が求めていたティッシュだった。しかもローションティッシュ。僕は目だけで相手を見た。眼鏡くん。それが第一印象。
「あ、ありがとうございます…」
血塗れの手を伸ばしかけて、汚してしまうと思った。ポケットティッシュの袋も、差し出されたその手も。
「あげるよ」
手を止めた僕の意図に気付いたのか、ティッシュを摘んで出してくれた。そしてその後そのポケットティッシュを僕の膝に置く。眼鏡くんは去っていった。目立たない風貌だったし、次会ったとしてももう分からないだろうな、と思った。何年生か確認しておけばよかった。制服の胸ポケットの校章には花があるのだけれど、学年でそこの色が違うから。今年の1年がバーガンディ、2年がモスグリーン、3年がインディゴブルー。で、3年間固定だった。
僕はぼーっとしてしまった。誰も見てないと思って、ティッシュを千切って鼻に詰める。情けない。あの眼鏡くんに見られてしまった。落ち着いていたし年上かな。きちんと礼を言うべきだった。ティッシュは消耗品で、しかもローションティッシュじゃ少し高い。きっと覚えてない。溜息をついて、ローションティッシュで手を拭いた。あの人が、もし言い触らしていたらどうしよう。
鼻血が止まるまで僕は暫くそこから動けなかった。情けないな。また思った。
「おお、かわいい顔が台無しですな」
俯いていると視界に陰が落ちて、揶揄われた。これが最初じゃない。プリザードの中でも最年少であまり鋭さみたいなのを持ってない僕は、やっぱりあまりいい印象を受けなかったみたいで、たまに嫌なことを言われたりやられたりもする。
「鼻血は上向いたほうがいいですぞ」
顔を上げるのが怖かった。口調は爽やかだけれど煽られているのかと思った。僕はプリザードになって初めて人から直接に悪意を向けられて、度々絡まれてもなかなか慣れない。それに前に顔を上げて、鼻血が逆流して気持ち悪くなったからあまり上は向きたくない。黙っていると声の主はボンボンとバスケットボールを叩きつけながらどこかへ行ってしまった。無視を決め込むのが一番だ。多分。最初は少し怖いけど。ちらりとその人を見た。線が細いけどそのせいか少し背が高く見えた。襟足で小さく髪を結わえて変な人だと思った。その人が反対から来た人とぶつかって、その変な人は肩を竦めたけど相手は素通りしている。宇佐木 鞠也 さんだ。見つかっちゃったみたいだ。
「何してんの」
「ちょっと鼻血を出してしまって」
「大丈夫?」
「はい。そろそろ戻るんで」
「あ、そ」
宇佐木さんは何しに来たんだろうと思った。僕を探しに来たんじゃないことは知ってる。
「どうかしたんですか」
「他に誰かいたの」
「いいえ…誰も」
真っ先に思い浮かんだのが襟足結んだ変な人だけど、特に何か絡んだわけじゃない。絡まれたけど応えてないから絡んでない。そしてティッシュをくれた眼鏡くんを僕はまるで忘れていた。
-Ave MariYa-
暇だな、と思って窓を見た時懐かしい姿が目に入って俺はカッと身体が熱くなった。同じ制服を着ているのが信じられなかった。いつからいたの。どうして俺に何も言わないの。突然扉を開いて出て行った俺に他の奴等…先輩らが何か言った。会館のほうから来た。外に出て、あの姿を探す。だがすでに見失っていた。銀縁の眼鏡によくある髪型。シャツをきっちり前を閉めて窮屈な揃いのモスグリーンのネクタイ。白のブレザーの前もしっかり止めていた。もうすぐで授業が始まるから、人はほぼ構内にいなかった。でも関係ない。俺はあの姿が出てきた会館の方へ急ぐ。途中でドリブル練習か何かをしながら歩いてくる呑気なヤツとぶつかった。
「すまぬの」
ふざけた顔をしてふざけた態度のソイツを無視して会館を囲う木々の中のベンチに見慣れた姿を見つけた。巽 嵐丸 。ウサギみたいな顔したプリザードの最年少。プリザード入りするのは大概見た目が余程いいか家が金持ちかで、今のプリザードはそれを併せ持ったやつで占めたが、家柄はとにかく嵐丸は女子に人気だった。鼻血を出して人目を避けここにいたらしい。会館と、それを囲う木々と、会館から見えるように造られた庭園。嵐丸はあの姿を見たはずだ。
「他に誰かいたの」
「いいえ…誰も」
鼻血の都合で下を向いている嵐丸は目を合わせもしなかった。興味を失い俺は校舎へと戻る。嵐丸と2人でいると、妙な噂が立つらしい。絵面がいいとかなんだとか、プリザードで世話になってる乾 縫斗 先輩が言っていた。帰るときも俺はあの地味な姿を探した。鈴峰 澄晴 。俺の初恋の人。
嵐丸はぼーっとしていた。嵐丸と同い年の1年、猿渡 犬太 がいつもはきびきびと事務仕事をこなしているのに今日はずっと何か考えているらしい嵐丸の目の前で手を振ったりして反応を見ていた。あれはきっと恋ですぜ、旦那。臆せずたまたま傍にいた俺に、まだ声変わりしているのかも分からない高い声で耳打ちする。嵐丸が誰に恋しようが俺には関係がなかった。
「ちょっと~、嵐丸ちゃん?」
縫斗先輩が嵐丸に近付いていった。縫斗先輩は嵐丸の両肩を抱き締めるように軽く叩いた。
「そんな無防備なカオ晒してるなんて、獲って喰べてもいいのかな?」
嵐丸の輪郭を後ろから撫でて、縫斗先輩は机の上の書類に顔を向けさせる。嵐丸はすみません、と謝って、ボールペンと電卓に集中しはじめた。縫斗先輩は男から見ても美人だが怖い。双子の姉の芽衣先輩とタッグを組むと特に怖い。
「でも、気になるね?嵐丸ちゃんの恋の相手」
ハンカチ落としゲームみたいに俺の後ろに来て、縫斗先輩は耳打ちした。あの、女子たちが喜ぶ噂ってやつか。
「知りませんね」
「はは、そう言うと思った。…探してみようかな」
「お好きにどうぞ。俺は関係ありません」
猿渡から流れてくる書類の右下にひたすら印鑑を押すだけの作業だ。印肉とかいう黒の朱肉に横長のゴム印で校名を入れる。嵐丸の好きなヤツを探すくらいなら他に探したいヤツがいる。スミちゃん。俺はそう呼んでいた。
「関係ない?なるほど。でもこの激務、嵐丸ちゃんがほぼほぼ機能停止状態で君、役目務まるの?困らない?」
「群馬さん、縫斗先輩がサボってることのほうが困りませんか」
存在感を消して黙々と記名しているほぼプリザードの長ともいえる無口な丑沢 群馬 さんを呼ぶ。丑沢さんは書類や参考書などの山に埋もれて、ボールペンの先のゴミを取り除いているのだけはなんとなく分かった。
「………困るな」
ティッシュを抜き取る音がしてボールペンの先を拭きながら群馬さんはそう溢した。
「だ、そうです」
「………嵐丸が使い物にならないのは…困るな」
そっちか。縫斗先輩は勝った、と言わんばかりの笑みを浮かべる。面倒なことになったと思った。
-Tigar and CDD-
「楽しそうだの」
ボキは木彫りの熊を作りながら向かいで弁当から出し巻き卵を箸で選んだトモダチに言った。眼鏡を掛けた、少し目がかわいいよくいる感じの男子 。晴れた日は屋上でよく会うからお互いに話し合うようになったから、トモダチだ。
「はい!前に鼻血を出していた子にティッシュを渡したら、返してくれたんです」
トモダチは嬉しそうに笑った。あの鼻血ブー太郎か。名前は…たつみや…たつみだ。嵐丸とかいうのはよく覚えてる。鼻血ブー太郎・巽守 嵐丸はプリマドンナとかプリズムなんとかとかプリなんとかとかいう妙なグループに入っていた。
「よかったの。情けは人の為ならず。巡り巡って自分を笑顔にしてくれるんだの」
ボキはカンカンと木の塊に鑿 をカナヅチで打ち込んだ。この男子 は口煩く何をしてるんだ、何を作ってるんだ、勉強はしないのか、飯は食わないのか、なんだのかんだの言ってこないから楽。
「そういうつもりはなかったんですけど。悪かったかな、まさかハンカチで返されるなんて」
「チミにはつまらんティッシュでも、状況で価値観は変わるもんであろ。あの男子(だんし)にはたいそう嬉しかったんだろうて」
トモダチはボキにハンカチを見せた。市井の男子は喜ばなさそうだの。この学園で投網すれば大体は金持ちが捕まるから驚き 桃の木山椒 の木だというのにトモダチはこれまた市井の男子は選ばないだろうハンカチひとつで喜んでいて、なんか泰平の世、という気がした。
トモダチもボキと同じく高等部からの学園入りだと言っていた。幼稚舎からあるここで高等部からの学園入りは肩身が狭い。白いブレザーの黄ばみは誇りらしいわ。分からん。金持ちなら買い換えたらいいわと思う。そういうところをケチるから金持ちなんだいな、と昔、父上が話していた。うちは貧乏 だけど泣くんじゃないよ。母上は言った。とはいえこの学園の上位成績を支えているのは高等部入りというのは明々白々。
「プリンアラモードとかなんとかってやつの醜態の、口止め料が入ってるかも分からんね」
カンカンと打ち込んで木の塊の中に完成図が浮かび上がってくる。少し手を止めた。見えてきてしまうと途端にやる気が失せてしまう。保留か。額の汗を拭う。
「プリンアラモードってなんですか?」
「ア・ラ・モードで、流行や洗練を意味するらしいからの、とすればプリンアラモードは流行のプリンという意味になるのう」
トモダチは首を傾げた。ボキも何を言っているんだかよく分からなかった。つまり彼奴等(きゃつら)は流行のプリンのような存在ということか。昨今プリンはそう珍しくない。何も特別な存在というわけではない、そう言っているのか。謙虚で結構。いやむしろ、特別などとはかんじなくなるようここまで這い上がってこい。そう受け取れば風刺。
「プリンアラモード…ですか」
「左様」
作業を続けるか否か、木の塊と心で会話する。答えは何もない。
「プリンアラモード…」
「宿題だの。ボキはもう分かった。だが迷うておる」
トモダチも何か、プリンアラモードについて思うところがあるようだった。
「プリンアラモードの醜態というのが…よく分からないんですが」
「この学園のお奉行様よ。いや…お代官様といったほうが相応しいかも知れぬ」
「なるほど生徒会でした。別に鼻血くらい、いいと思いますけど」
木の塊は何も問うてこなかった。今すべきは血の通うた人間、トモダチと語り合うこと。そういうことだろう。
「そうもゆかぬ。鼻血を噴き出している間は無防備だ。男子 たる者…いや、今の時代ならば女性 もだ、無防備を晒せば、次にあるのは死ぞ」
木の塊から目を逸らし、トモダチを振り返る。タコさんウインナーを食っていた。
「え、死?」
「というのは冗談だの。あの身形 だ、鼻血に保護欲をそそられる者はおるんだろうが、求められている像とは違うんだろうに」
ツナギを開いて胸元からパンを出す。トモダチは二度見した。ここに昼飯を隠している。隠してはいない。携帯している。
「厳しいんだ」
「まず高等部入りは無理だろうの。あれだけ大きゅう顔して踏ん反り返っておるのに気付かなんだか」
「知らない知らない!なんかすごくカッコいい人がいるっていうのは聞いたことありますけど」
多分そのことだ。トモダチはボキがたまごサンドを食べるところをじっと見ていた。隣の芝生は青い。
「食うか?」
食いかけを差し出す。トモダチは勢いよく首を振った。トモダチがいつも食している米の昼餉のほうが美味そうなもんだが。隣の芝生が本当に青いこともある。
「食べるとこ、初めて見るなぁって」
なんだかボキはむず痒くなって木の塊を向いた。
-薮蛇苺の伏龍-
恋。僕は小さく口にしてみた。あの人と会った会館の近くの木々のベンチ。学食がリニューアルされてから、ここはあまり人が来ない。少し高いポケットティッシュを丸々1つもらってしまったから、僕はハンカチを返すことにした。1学年1000人弱いるから会えるか分からないし、学年も分からないどころか顔だって覚えてないかも、と思ったのに。運命はないと思う。少なくとも今まではなかった。簡単に出会えてしまった。姿を見た瞬間に、雷に打たれた。この人だ。銀縁眼鏡と、地味な雰囲気。自由な校風なのに髪は無難にセットしてある。眼鏡の奥の少し大きな目と二重瞼。顔を思い出せなかったのに、一目見たら思い出せてしまった。
『あの!』
僕は見た目より少しだけ声が低いのだと言われてから気にしてしまって大声が出せずにいたのに、逃したくないという思いに声を張ってしまった。覚えてないのは相手のほうだったのか、僕をあの鼻血小僧とは結び付けていないようだった。胸元の校章を見る。3年。先輩だ。
『この前鼻血出した時にティッシュ渡してくれたの、覚えてませんか?』
その人は合点がいったようで、柔らかく笑った。地味な雰囲気が華やいだ。ふわり、とした。石鹸の香りがする。
『ああ、あの時の。大丈夫だった?』
『本当に助かりました…あの、これ、その時のお礼です』
頭がくらくらして、僕は押し付けるように逃げ出してしまった。また鼻血を噴いたらどうしようと思ったのに、心臓がばくばくいっていた。変なこと言ってないか、言葉を幾度も反芻する。鼻から消えた石鹸の香りを追おうとして鼻の奥がツンとする。何もかも手につかない。名前を訊いておけばよかった。でも会話を続けられる状態じゃなかった。僕はそのままプリザードの集まりに行って、さんざん犬太 くんと縫斗先輩に遊ばれた。しっかりしろと宇佐木さんには睨まれて、丑沢先輩は頭を撫でてくれたけど…
幾度目かの溜息。息苦しい。
「辛気臭いぞ、少年。飯が不味ぅなる」
木々を挟んで外側に人がいる。会館と木々に挟まれたベンチに座る僕と背を合わせるように庭園を望めるベンチがある。振り向くと、枝の奥にあの襟足を小さく結った変な人がいた。
「すみません」
「また鼻血ブーか。生憎ティッシュの持ち合わせはござらんよ」
「いいえ…」
やっぱりこの人変だ。虹色のバネ状のおもちゃを振り回している。不味くなるとか文句をつけてきたけど、ご飯なんて食べてないじゃないか。
「ここで会ったが100年目、盲亀 の浮木 、優曇華 の花待ちたる心地以下略」
「僕、あなたに何かしました?」
正直不快だ。僕はプリザードになりたいなんて思ったこと一度もないのに。晒し者みたいだ。そこまでやっかまれことなのかな。僕の家柄がここの標準にも満たないなんてみんな知ってるんじゃないの。
「そうだの。トモダチがおる。喜んでたから、嬉しいの」
バネ状のおもちゃを振り回しながらからからと笑った。この人、かなり関わるとまずい人とかじゃないよね?自分をここの生徒だと思い込んでいるような、部外者とか。
「何の話をしてるんですか」
「少年がハンカチを返礼したのはボキのトモダチなんじゃ」
どきりとする。まさか。こんな人ととも、上手く付き合える人がいるのか。
「あの人のこと、知ってるんですか」
少し猫背気味の背中の奥で頭が縦に動く。
「名前を教えてもらっても?」
「ボキか?」
「いいえ…あなたのご友人の」
「ああ。それはな、」
メモ、メモ。何か。スラックスの尻ポケットを叩き、前ポケットを叩き、ブレザーを叩く。生徒手帳とボールペン。
「それがな、」
「はい」
「知らん。トモダチって呼んでるからの」
この人ただ変なだけじゃなくて嫌な人だ。
「まぁなんだ。少年とトモダチを見て、ボキは泰平の世を感じたんじゃ」
「おめでたいことです」
生徒手帳とボールペンをしまって、また溜息を吐く。もやもやした息苦しさに、じゃなくて、この変な人の相手が疲れて。プリザードの務めなのか、これも。来年は落ちたい。お願いします。来年はプリザード入りしないでください。掃除は嫌いじゃないし、委員会は見解と交流を広げるチャンスだし、お弁当なら自分で作るし、専用の制服とか名札とか要らないし、男女交際学園公認になるとか訳分かんないし、図書室貸し出し期限無期限は有難いけど週内で読み終えるしまだ、他にも…
「思い出した。確か…鈴峰澄晴とか言うたのぅ」
この人本当に気に食わない。
-Ave MariYa-
「誰を探しているのかな?」
ぬっと俺の肩に後ろから出てきた顔が乗る。びっくりして肩が跳ね、そこに乗った顎を打つ。
「縫斗先輩、驚かせないでくださいよ」
「ってて。そこまで驚くとは思っていなかったんだよ。うさぎちゃんも嵐丸ちゃんの恋煩い相手、探す気になった?」
「宇佐木です。探してませんし探さないです」
つまらない。縫斗先輩は両腕を広げてつまらながる。多くの女子と一部の男子は俺が嵐丸とツルむことに尊びを感じるんだと縫斗先輩は言った。俺と嵐丸が抱き合うことに悦びを感じのだとか。気持ち悪ぃ。顔は可愛いがタイプじゃない。縫斗先輩は、それが来年も再来年プリザードにいるための秘訣だと言った。互いに利用し合う関係もいいひとつの友情だと。友情ね。響きはいいな。
「多分ですけど嵐丸はプリザード、来年はなりたくないみたいですけどね」
とてもとても非常にどうでもいい。縫斗先輩はいつもは柔らかに笑っているが少し難しい顔をした。3年間プリザードにいる縫斗先輩には分からないことかな。そんなことより俺は嵐丸はどうでもいいから、あの地味な姿を探す。縫斗先輩は知ってるか。男から見ても小顔美人だけど顔は広い。些細なことでも気になる相手だったり、機嫌が特に好い日だったりは気さくに話しかけるから。その中に入っているかも知れない。
「あの、眼鏡の地味な3年、分かります?」
訊き方がまずかったと思った。想像通りの答えが返ってくる。第一誰かの印象に残るタイプじゃない。
「いすぎて分からないな」
だが他に特徴がない。眼鏡で地味、ということしか挙げられる部分がない。何か、他に。
「素顔がかわいくて…なんというか地味、なんですけど、素顔がかわいくて、こう…」
珍しく縫斗先輩は苦笑した。縫斗先輩が苦笑させることはあっても、苦笑することはあまり目にしない。もしかして変なこと言ったか?
「宇佐木ちゃんも恋煩いかな」
「まさか」
不敵に笑われた。地味だし眼鏡だしとにかく地味だけど、素顔はかわいい。でも今は分からない。かわいいはずだ。見間違いか。でもあの姿は間違いなかった。その間に縫斗先輩の穏やかな声が聞こえていたけど話は聞いちゃいなかった。
「1人で百面相、楽しそうだ」
縫斗先輩を見ながら俺は妄想の世界に入りかけていた。縫斗先輩に肩を叩かれる。なんか不愉快だ。
「プリザードの2トップを落としたのがどんな子たちのか気になるね」
付き合ってられないと言いたそうに縫斗先輩は俺の前から去っていった。
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