13 / 112

第13話 四度目のごちそう

 職場では絶対に聞くことのない音が響いてた。 「ン、んっ……ンくっ……っ」  湿り気を帯びたエロい音。何かにしゃぶり付いて、絡み付いて、そして、何かが溢れて零れそうな、そんな濡れた音。  まさぐられて、口の中を荒らされて、舌でかき回される。歯をなぞるようにされたら、ぞくぞくって興奮が背筋を駆け下りて、腹の底を刺激した。この男の切っ先が何度も抉じ開けて突いてきた場所。俺の指じゃ届かない奥の、あそこを――。 「ちょ、おいっ……」  ヤバイ興奮が暴れたいと疼いたのを感じて、慌てて、無理やりその唇を引っぺがす。でももう自分も、三國も、走ってきたみたいに息が乱れてた。そして、三國の唇が濡れてた。強引に引き離したせいで、びしっとしたシチサンがわずかに崩れて、真面目そうに見せる眼鏡越しの瞳が、俺を見つめてる。  射抜くみたいに。まるで狙っていた獲物を逃がさないように。 「こ、ここ職場だぞっ」  そうだ。俺はカミングアウトしないつもりでいるんだから、こんなところでこんなことしないんだよ。あのまま、三國とはあの三回で終わってくれてよかった。 「知ってます」 「っ」 「だから、誉さんのことを避けてた」  そう……終わってくれて。 「避けてた? なんでだよ」  よかった? 「そ、れは」  待ってた、だろ? 俺は。 「その、今の言動とは、ちぐはぐになるんですけど」  今だって、ほら、俺は待ってる。 「なんだよ」  この男が続けようとしてる言葉を。どうして避けられてたのか、数えて、十一、十二、十三って。今日が、三國と顔を合わせなくなって、ちょうど、二週間だと。 「この前、貴方と、その、した時……足元が少し危なっかしかったから」  俺から連絡をしなければ、もうそこで終わる。そう思えなかった。俺はずっと、十一桁の数字を握り締めながら、待ってた。いや、期待してた、んだ。 「私は、その、慣れてないので、無理をさせてしまうと思って」  インポかどうかの確認なら三度すれば充分だ。そこから先をどうするのかを待っていた。他の誰かを探すのか、俺と続けるのか、俺は、どこかであいつが後者を選ばないかと、期待してた。 「休みが合わなくて、その貴方が休みだった日は、待ってた、んだけど」  奪うようにやらしくて濃いキスをしたかと思えば、真っ赤になってしどろもどろに話す、この男との。 「連絡、来ないから、忙しいんだろうと思ったり。私が無理をさせたから、イヤがられてるのかもと思ったり」  四度目のセックスを、したかった。 「する?」 「え?」  また、したかったんだ。 「っ」  いいよ、しても。そう付け加えるよりも先に唇を塞がれた。噛み付くようにキスをされて、舌を差し込まれて、自分の内側を掻き混ぜられる快感に冒される。それは眩暈がするほどとても欲しかった熱だった。  この距離だ。 「あっ……ン、ちょ、三國っ」 「何?」  この男が裸眼で見えるこの距離に来るとおかしくなりそう。眼鏡がないと道端を歩くのも苦労する男が見えるだろう、そのエリアに入り込む。ただそれだけでこんなにゾクゾクする。この距離に来て、ふたりで火照った身体をくっつけて、ごちそうでも食らってるみたいに唾液が零れるキスをすると、三國が男になる。それに、たまらなく興奮する。 「あんま、いいよ。前戯」 「? 下手、だった?」  不安気に覗き込まれて、胸のところが何かぎゅっと締め付けられるから、慌てて否定した。 「そ、そうじゃなくて、その、仕事後だから」 「……」 「シャワー浴びてないしっ、あっン! ……ぁ、ちょっ」  首筋を強く吸われて、思わず声が上がった。と、同時に、刺激によろめいて、もう少しで後ろの机に腰を打ち付けるところだった。  打ち付けなかったのは、三國の腕が俺を引き寄せてくれたから。なんで、デスクワークがメインのお前に現場で力仕事をしてる俺がこんな簡単に抱きすくめられてんだよ。しかも――。 「当たってる」 「え? ぁ、ごめん」  手馴れてる男に当ててると煽るように囁かれたこともあるし、初心そうな相手には偶然ですと真っ赤になられたこともある。けど、三國はそのどっちとも違ってる。 「誉さんとしたかったから」 「っ、ンっ、だからっ、ぁ、ああっ」  シンプルすぎる言葉に興奮する。  一日仕事して、汗かいた肌にお堅く真面目なことしか言わなさそうな唇が吸い付いて、汚れてオイルの沁み込んだツナギのジッパーを綺麗に整えられた指先が下ろしていく。ただそれだけなのに、三國にひどく煽られる。 「あっンっ」  キスされて吸われただけで作業服の中で自分のそれが反応した。ごわごわとした硬い布の内側で熱くて、早くって急いてる。  剥いてくれって懇願したいのに。 「あぁぁっ……ン、それっ」 「好き、ですよね。誉さん、乳首を舌でこうされるの」 「あっ、はぁっ……っン」  そう、これされるのダメなんだ。舌で転がすように乳首をいじられて突付かれると、たまらなく甘い溜め息が零れる。気持ち良くて、腰が思わず揺れたら、もう片方の乳首を今度は強く吸われた。歯で先端を押すように齧られて、舐められて濡れたそこがつるりと歯の表面を滑ると、おかしくなる。胸にしゃぶりつかれて、身悶えながら、さっきは引っぺがした三國の頭をしがみ付くように抱えて喘いでる。 「も、三國」 「真紀(まき)」 「え?」 「俺の、名前、真紀」  中腰で、乳首にしゃぶりつくとこなんて、不恰好きわまりないはずなのに。 「呼んで? 誉さん」  ヤバいくらいに欲しくなった。 「あ」 「誉さん」 「……真、紀」  この男が欲しくなって、もう場所のことなんて、かまっていられなくなってしまった。 「真紀、早く、したいっ」  ガシャン! と、大きな音を立ててそばにあった工具が机から落っこちたのに、腰を抱き寄せられて、また食いつくようにキスをされた俺はその音に驚きもせず舌を弄りあうことに夢中になってた。

ともだちにシェアしよう!