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第12話 ウロウロしないで

『もしもーし、ねぇ、あの童貞君とはどうなったの? 最近、バーにも来ないから、もしかして真剣交際にまで発展しちゃったんじゃないのおおお? って、思ってそわそわしちゃった』  そっちの発展はしてない。代わりにハッテン場に行ってたっつうの。 『ほら、童貞でしかも二十五でしょ? いきなりすぎて恋は盲目っていうかさぁ。結婚、なんて文字まで出てきたりしてえええっ、って、思ったりもして』  あはは、それはかなり妄想が行きすぎだから。 『だってだって、脱童貞なのよ? って、おーい、聞いてる? お、おーい』 「…………聞いてる」  電話の向こうで俺を探し始めるレンにそう答えて、しゃがみ込んで、地面に向かい大きな溜め息をひとつ吐いた。  何やってんだ、俺。 『聞こえてるんだったら返事してよー。童貞君とイチャイチャしてるの邪魔しちゃったのかと思った』  男に声かけられて、しかもネコ役希望されて、イイ感じだったのに。その男がシチサンにスーツなんて格好してるせいで、あっちのシチサンがずっと頭の中をチラついて、ズボンのポケットの中で電話が着信に振動しただけで飛び上がって、外に出て来たなんて。 「……はぁ」  あいつかも、なんて思ったりして、何してんだ。  そんなわけないだろ。俺の番号知らないのにどうしてあいつがかけてくるんだよ。俺からかけなくちゃ一生連絡なんてつかない。そんで、俺は連絡しない。職場にセフレがいるなんて、危ないだろうが。  なのに、あのシチサンが頭の中をウロウロしてる。 「何してんだろ……」 『? 何、してんの?』  知らない。わからない。 「なんでもない。帰る」 『え? 今、外なの?』 「そう。外にいた。ハッテン場行ってた」 『は?』  十一日ぶりにセックスしようと相手を探してた。 「けど、もう帰る」 『はい?』  でも、相手は見つからなかった。あのシチサンリーマン相手じゃ、三國のことをまたきっと思い出すだろうから、色んなものを三國と比べて。何か考えてしまいそうだから、ダメだった。  それに、きっと、この電話が着ても、着てなくても、俺はあの誘いを断ってたと思うから、もう帰ることにした。  向こうにしてみたら、つまり三國にしてみたら、インポかどうかを確かめる作業だった。そこから次の段階に進んだってことなんだろ。  生真面目な性格をしてるから、恋愛感情抜きで事に至った三度に後悔と罪悪感でも芽生えたのかもしれない。そして、恋愛経験はまだゼロ回だろうあいつはどうしたらいいのかわからず、俺を避けてる。あいつならありえる。  セフレなんて器用なことはあまり得意じゃなさそうな男だから。  俺も、そのうちほとぼりが冷めるだろ。 「天見―、まだ終わらないか?」 「もう上がります。掃除してから」 「そうか、今日お前が当番だったか。いやぁ、今日は時期でもないのにタイヤ交換多かったなぁ。暑さがひどかったから、劣化が早いのかもな太陽光で」 「あぁ、なるほど」  整備工場の掃除当番は順番制になっている。チーフも含めて全員が日替わりでやることになっていた。工場入り口のところに掲げられたホワイトボード、名前の横に赤い磁石がくっついてたら清掃の順番、青い磁石がついてたら工具の手入れの順番など、当番がわかるようになっていた。 「施錠頼むな」 「はい。お疲れ様です」  パタンと、扉が閉まる音を聞いて、ひとつ溜め息をついた。  営業のほうが上がりは早いことが多い。今日は、どうだろ。大概は整備部のほうが店舗の施錠を任せられることが多いんだけど。グルッと見回りもしないとだから、少しだけ面倒だったりもする。とくに今日みたいにタイヤ交換が連続して入ってたりすると、疲れるから。  ――パタン。  また、扉の音がした。 「チーフ、何か忘れ物ですか?」  だから、今さっき上がったチーフが戻ってきたんだと思った。 「チー……」 「お疲れ様です」 「……」  でも、そこにいたのはチーフじゃなくて。 「……」  三國だった。 「あの……」  今日一日仕事してたのか? と、問いただしたくなるくらい、綺麗にビシッと横分けされた髪形、真面目なイメージをさらに強くさせる眼鏡、それと、面白みもファッション性もないただのスーツ――を着た三國がそこに立っていた。 「今日! 掃除当番が貴方だって、すみません。見たので」 「……」 「そしたら、ひとりで残ってるかもしれないって」  三國が真っ赤になりながら、必死にしゃべっているのを聞いていたら、なんでか唾液が溢れたんだ。  ごくりと喉が鳴るほど、何かを飲み込む。 「待って、ました」 「は? な……に、もしかしてサボり残業? 今、シーズンオフだし、ノー残業じゃなかった? それを居残りとかしたら」 「待ってましたっ!」  だから、ダメなんだってわかってる。職場にバレたくないのなら、俺は三國のこと無視するべきだってわかってる。 「待ってたんです」 「……」 「貴方がひとりになるのを」  真面目そうなこいつにはセフレなんてものは不似合いだろうってわかってた。今さっき自分自身も言っただろ? こいつは恋愛経験もなければ、セックスもゼロ回だったんだから、夢中になって、盲目に突進してくるかもしれない。そんなのごめんだ。たった三回のセックス経験で、なんてたまったもんじゃない。 「よく言うー。お前は俺に会いたくなんてなかっただろ? 避けてたくせに」 「それはっ!」  それでいいんだ。むしろ避けてくれていたほうがありがたい。 「部署は違うのに一度だって顔見なかったけど?」 「だからっ、それはっ!」 「悪いけど、俺、職場で」 「誉(ほまれ)さんっ!」  けれど、三國が突然、俺の苗字ではなく、名前なんて呼ぶから、驚いて止まってしまった。 「貴方に会いたくて、触りたくて仕方なくなるってわかってるから、避けてたんです」  止まって、待ってる。  自分の携帯の番号なんて教えてないのに、お前からの着信じゃないかと、その都度確認して気落ちして。いい男にセックスの誘いを受けたのも断って。避けるべき男を目の前にしてるのに、喉を鳴らして待っている。 「何? 俺が今日掃除当番なのチェック、してたとか?」 「はい。してました」  この男の、あのキスをごちそうみたいに待ち望んでる。 「マジで……ンっ」  このキスを、待ち焦がれてた。

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